漆喰は空気と気分の清浄機だった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Toshiya Yamada(ライティング・ゼミ日曜コース)
「どんな家に住みたいか?」
家族、友人、職場の同僚などとこんな会話をしたことはないだろうか。
この話題がでると、本当に人それぞれに理想や願望が違っていていることがわかる。
家そのものの話、住んでみたい場所の話。現実的な話から、将来の夢の話まで、
そこにはそれぞれの価値観が垣間見えるのである。
それは小さい頃の原体験からかも知れないし、大人になってからの感情を
ゆさぶられる出来事から来るものなのかも知れない。
今の僕が聞かれた場合は、
「自然が豊かな場所で、古民家のような漆喰(しっくい)の壁の家に住みたい」
と答えるだろう。
漆喰は消石灰と言われる水酸化ナトリウムが主原料になっている。固まるとざらりとしてけっして手触りは良いものではない。でも何か漆喰に囲まれた空間はとても気持ちが良いのである。
たしかに昔から古民家をベースにしたカフェや宿がとても好きだった。
通りすがりにそんな雰囲気の店を見つけると入ってみたくなるし、情報誌で古民家を
改装してなどと紹介されているのを見つけるとわざわざ車や電車で出かけてみた。
そして漆喰の壁は僕の人生の様々なシーンの思い出に登場してくるのである。
東京で一人暮らしを始めて、仕事が上手くいかなくて落ち込んだ時に立ち寄ったバーで
弱音をはいた時、またプラベートでこっぴどく振られてしまい、ざわつく気持ちを抱えたままひとり旅に出て立ち寄った宿の部屋で一人負け惜しみをつぶやいていた時、それを思い出した時に浮かんでくる場面には必ず白い漆喰の壁だった。
それだけ気になる漆喰だったが、これまで実際に住んできたところでは縁がなかった。
東京に住んでいた時も、独身時代は多少部屋がせまくてもとにかく、都内で地下鉄に
近い通勤の利便性が高い所を選んだ。仕事や飲みに行って遅くなってもタクシーで
帰るかどうか迷わなくてもいいし、睡眠時間も確保することができた。
家は寝るためだけに帰るところだった。
結婚してからは、多少職場からは離れるが都心に出るにも休みの日に自然が豊かなところにも出るのにも便利な中間地点のマンションを選んだ。
古都にして自然あふれる故郷から、知り合いもいない東京に出てきたパートナーが
できるだけ暮らしやすく、しっかり東京という街も楽しめるところからスタート
するのが良いのではと考えたからだ。
ただ、住む場所にこだわった分、家の素材にこだわる余裕はなかったのだ。
そして長らく暮らした東京から、生まれ育った関西に戻ることになり、住むところを
探すことになった。借りるか買うかの両面で検討する中で、様々な物件をみてまわった。
選択肢は多くあったが、その時の僕の中での判断基準は
「どこに住むか」「マンションか一軒家か」の二点だけだった。
探し始めたものの、なかなか条件に合うものが見つからない。物件は良いが、通勤するのに不便だったり、場所は良いが家にこだわると予算オーバーだったり決め手に欠けなかなか決まらなかった。
平日は情報収集し、夜に絞り込み、週末に物件を見にいくことを数か月繰り返していたある日、休憩に立ち寄ったカフェで漆喰の壁に出会った。まるで素人が塗ったようなムラだらけの白い壁だったが、その不器用なコテの跡がなんともいえない存在感を示して壁の白が
目に飛び込んできた。
それを見て思い出したのだ。
「そうだ。漆喰の壁の家にしよう」
と思ったのだった。
通勤のことや自然環境や買い物など利便性を含め、気に入った場所を決める。そして、
家の壁は漆喰で塗ろう。
そう決めてからはこれまでの事が嘘のように、条件にあった物件が見つかった。
今僕は、漆喰の壁に囲まれて生活している。生活してみて、良かったことは、漆喰は調湿効果があり、カビも抑制されるし特に冬場に結露しにくくなること。
そして、材質が強いアルカリ性であることから、殺菌効果があること、また空気の浄化作用もあることも分かった。僕が感じていた何ともいえない気持ちの良さは、気のせいではなかったのだ。
漆喰の壁は呼吸するという。調湿効果や浄化作用をさしての言葉だと思うが、僕には本当に呼吸しているように感じられるのである。
家族が寝静まった夜に、間接照明をつけ壁に向かって座る。そして壁の呼吸に合わせるように呼吸を少しずつゆっくりと深くしていく。一日の疲れが身体から出ていき、浄化された空気が身体中にしみわたっていく。最近のお気に入りの時間だ。
***
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