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晴菜とハルちゃん

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Susan Decade(ライティング・ゼミ平日コース)
※こちらの記事はフィクションです
 
 
森 晴菜 様
 
この度は、第15回 鉛筆デッサンコンクールへご出品ありがとうございました。
選考の結果、残念ながらあなたの作品は入選には至りませんでした。
今回の作品展は下記の通り開催致しますので、ぜひお立ち寄りください。
 

 
開催日時 令和◯年 ◯月△日(◻︎)10:00~
開催場所 アートスクール 白樺 講堂
 
アートスクール 白樺
鉛筆デッサンコンクール 事務局
 
 
晴菜は、パソコンの画面の前でぼんやりと座っている。
帰宅して部屋に入るなりメールを開いてから、もう随分と時間が経過していた。
右の耳の後ろにくっきりとした痛みを感じてメガネを外すと、ため息が漏れた。
 
落選という事実によって、ありとあらゆる感情と疑問が晴菜の意識の世界に現れた。
そして、心がトゲトゲしている、と感じた。
 
突然、渉の大きな笑い声が廊下に響いた。
晴菜は、父親の不用意な笑い声にムッとした。
誰にも邪魔をされることのない、一人暮らしの家とは全然違う。
 
適当にプレイリストを選んでヘッドフォンで耳を塞ぐと
心の中にある、怒りや、苛立ちといった存在を1つずつ確かめ始めた。
 
幾つかの感情は、晴菜に存在を認められると、
まるで成仏をしたかのようにスーッと消えていった。
けれど、まだ、悔しさだけがどすんと心に居座っている。
それは、大きくて、重たくて、しぶとい感じだ。
 
心の準備が整うと、早速、クッションをぎゅーっと抱きしめながら、声に出した。
 
「あぁ、悔しい。あぁー、嫌だなぁ。あぁー」
 
「とっても悔しい。悔しいなぁ。悔しーい!」
 
何度も何度も繰り返す。
 
今度は、
 
「悔しいね、とーっても、悔しいね。ハルちゃん、わかるよ。とーっても、わかるよ」
 
と、語りかけるように声をかけた。
 
「ハルちゃんがそう感じる事は、なーんにも、悪くないよ。」
 
そんな風にやりとりをしていると、
一瞬、確かに、心の中のハルちゃんと通じあえた感じがした。
 
夜になったらお風呂に入るように、
この声かけメソッドをして心をフラットにすることが毎日の習慣になっている。
 
カウンセラーの真弓先生に教わったこの声かけメソッドは、
自分のインナーチャイルドに向かって、小さな頃の呼び名で声をかけながら
心に湧いた感情に共感し、肯定していくというものだ。
 
はじめ、この声かけメソッドについて、
どちらかというと冷ややかな印象を抱いていたけれど、
試しに続けていると、だんだんとハルちゃんの存在が確かになっていって、
最初は体育座りをして背中を向けていたハルちゃんが、
こっちを向いてくれるようになっていった。
それで、初めて心の中のハルちゃんと通じ合った気がした時には、
はっきりと心がほぐれていく感じがしたのだった。
 
最近は、一段と上手にできるようになった気がするし、
それに、この声かけメソッドをしている時間がとっても好きになっている。
 
心の中に湧いてくる感情は、晴菜にとってずっとずっと厄介な存在だった。
高校生ぐらいから感情に飲み込まれてしまうようになって苦しかったし、
社会人になってからは、必死でついていくために心に蓋をしたり、無視をしたりしていた。
もう、嬉しいとか楽しいとかも何にも感じなくなっていることを自覚していたけれど、
仕事もいっぱいで時間に追われる生活を続けていた。
それで、ある日、会社で突然涙が溢れ出してからはもう力が沸かなくなってしまったのだ。
真弓先生と出会って、感情と付き合う方法を知った。
ハルちゃんの声を聞くようになってから、今まで隠れていた感情が姿を表すようになって、
今では、そのどれもが大切な存在で愛おしく感じるまでになっている。
 
少し気持ちが落ち着いてくると、足先が冷えている感じがして、キッチンへ向かった。
いつも通り、スプーンに2さじの蜂蜜レモンをすくってお湯を注いで、
ホットレモネードを作った。
 
階段を登っていくと、渉の部屋はもう暗くなっていた。
晴菜は机の前に座ると、両手の袖越しにコップを包んで手先を温めた。
口に含むのを待っている間、うっすらと残った悔しい気持ちを味わった。
 
「ハルちゃん、とっても残念だったね。でも、よくやったね。お疲れ様」
 
レモネードの、柔らかくてまあるい口当たりと甘みにほっとした。
真弓先生が言ったように、心が赤ちゃんみたいに、やんわりとしてふわふわになっている。
晴菜は、安堵の気持ちに包まれた。
 

 
教室に入ると、石膏像が一列に並んでいた。
染み込んだ絵の具の匂いや、引き締まった空気が漂っていて
美術教室に来たことを実感できた。
 
窓際の席に荷物を置いて部屋の中を見渡すと、
中央の天板に、真っ赤な林檎が1つ、用意されていた。
近づくと、酸を含んだ甘い香りが微かに感じられた。
ツンツンと触ってみると、指先にぬめっとしたオイルがついた。
 
席に戻って、カーテン越しに柔らかなお日様を浴びながら深呼吸をした。
心に手を当てて、ハルちゃんと会話を始めた。
 
「ハルちゃん、今どんな感じがする?」
 
「嬉しい気持ちと、不安な気持ち」
 
「やってみたいと思ったこと、こうして始められてとっても嬉しいね。
不安な気持ちもあるね。そうだね。でも、なんにも心配ないよ。
ゆっくりとハルちゃんのペースで進もうね。ハルちゃんの声をいつも聞いてるよ」
 
ハルちゃんは、少し照れ臭そうに、嬉しそうにしながら、ありがとうと言った。
 

 
時計に目をやると、23時をすぎていた。
そろそろ、眠る時間だ。
 
ノートを取り出して、デッサンの要点をもう一度頭に入れた。
 
1. 光を1つに絞る
2. 稜線を見つける
3. あたりをつける
4. 一番濃いところはどこ?
 
ハルちゃんは、また、描きたいと言っている。
 
「描きたいね、描きたいね、とっても楽しみだね」
 
そう声をかけてベッドに入った。
目を閉じると、ハルちゃんは、楽しそうに、ワクワクしていた。
 
晴菜は、今、とっても嬉しくてたまらない。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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