fbpx
メディアグランプリ

ご機嫌取りと山登り

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:匿名(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ママなんか、だいっきらい!」
 
娘はいまにもこぼれそうなくらい涙をためて、
ありったけの怒りのパワーを込めて、そう言った。
 
今年で7歳になる娘は、この年の女の子らしく
もう一端の口をきく。
ドアを開けっ放しにしないで、
玄関はきれいにして、
パパ、靴下脱ぎっぱなしはだめだよ!
口調が私にそっくりで、微笑ましくも、どきりとさせられる。
 
そんな彼女に「ママなんか、だいっきらい!」と言われるのは
実はこれが最初ではない。
 
食べようと思ってたいちごをママが食べたから
起こしてほしい時間にママが起こしてくれなかったから
ママがゲームをさせてくれないから
 
と、ことあるごとに大嫌い! と言われる。一日に一度は言われる。
でも、今回はいつもの軽い調子ではなかった。
 
きっかけは、彼女の大切にしているぬいぐるみだ。
あまりに長く大切にしているものだから、
私からみたら薄汚れて雑巾のようになっていたのだ。
そんなときクリーニング屋さんのキャンペーンのちらしがはいっていた。
ぬいぐるみもクリーニングします! まるで新品のよう!と
ビフォー・アフターの写真付きで。
 
キャンペーンの終わりが迫っていて、私は彼女に無断で
お気に入りのクマのぬいぐるみをクリーニング屋さんに持っていった。
「クマさん、温泉に行ったんだよ、きれいになって帰ってくるかなぁ」
とかなんとか言っておけばいいか、と考えながら。
 
学校から帰ってきた彼女は、ひとしきり遊んで、
ふといつもの場所にクマがいないことに気がついた。
「ママ、クマさん知らない?」
 
内心、気が付いたか、と思いながらも、
「あぁ、クマさん、温泉に行ったみたいよ」と軽く答えた。
すると
「クマさんが一人でお出かけするわけないじゃない! ママ、どこにやったの?」
すでに、お怒りモードだ。ほんの1年前まで有効だったファンタジーは、もう通用しない。
 
思いのほかクマへの思い入れが強いことに驚きながら、
正直にクリーニングに出したことを告げると、
みるみる目に涙をうかべて言い放ったのだ。渾身の怒りをこめて。
「ママなんか、だいっきらい!!」
 
こうなるとなだめるのは一苦労だ。
「ピカピカになるよ、クマさんも喜ぶよー」
「うちでお風呂に入れてあげると、乾きにくくてカビが生えちゃうよ」
なんて慌てふためく私をよそに、まるで赤ちゃんにもどったかのように
わんわん泣く。
クマさんのいない自分のベッドに、ちょこんと体育座りをして
「一人でクリーニング屋さんにお泊りなんて、かわいそう!」
「クマさんがいないと寝られない」
泣き叫んでいるといってもいいくらいだ。
 
そのうち涙の筋をほおに何本も残して、泣きつかれて寝てしまった。
娘の悲しみも、きっと夜の底に沈んでいる。
 
その夜、私にはくったりとした濃いグレーの空気が
まとわりついているようだった。
夜の報道番組を横目で見ながら、グレーの正体を考えた。
 
大人からすると、たかがクマのぬいぐるみ。
けれど娘にとってはかけがえのない友達、いや、
それ以上のきょうだいのような存在だったのだ。
 
少し前までは、ぬいぐるみを振り回したりしていたのに、
今ではまるで本当に生きているかのように、どこへ行くにも一緒で、
相手の気持ちを想像までして。
 
軽い気持ちで彼女にことわりなく、
クマをクリーニングに出してしまったことを悔やみながら、
感情を想像するなんてずいぶんお姉さんになったな、と
娘の成長を感じてもいた。
 
はたして私はどうだったろう。
子供の気持ちを想像できなかったわけではないけれど、
クリーニングに出すことを、娘に事前に相談したら
きっときれいにすることは叶わなかった。
簡単に結果を想像できたので、相談するのが面倒だったのだ。
 
そりゃ、だいっきらい、にもなるか。
私は親ということに甘えていたのかもしれない。
明日はちゃんと謝ろう。
湿ったグレーの空気が少し晴れた気がした。
 
しばらくたって、クマさんがチラシのとおりに
ピカピカの新品みたいになって帰ってきた。
待ち続けていた娘は、もう潰してしまうかの勢いで
ぎゅうぎゅうと抱きしめ、「よかったねぇ、よかったねぇ」
と、寂しい夜をいくつも乗り越えて、また一緒に過ごせるうれしさに浸っていた。
 
翌朝の部屋の空気はきりっと冷たくて、ほわんとあたたかなベッドから
娘はなかなか抜け出さない。
もう起きなくてはいけない時間を過ぎている。
小学生になったのだから、自分で起きようね、
とセットした目覚まし時計は、とっくにオフにされ、はや30分。
 
仲良しのクマさんをかかえ、
ぬくぬくとひだまりのようなお布団にくるまれて
うとうとしている娘は、
大好きなみかんをほおばっているようなツヤツヤのほっぺに
うっとりした笑みを浮かべている。
 
いい加減起こさないと、学校に遅れちゃう、と思いながら、
朝ごはんの支度をして、洗濯物を干して、
とばたばたと忙しくしていた私は「起きなさい!」と声に棘が交じる。
すると、娘は目を閉じたまま
 
「ママ、大好きだよ」とつぶやいた。
 
娘の言葉は、せかせかとした朝の私の気持ちを柔らかくほぐしてくれる。
数日前の私のグレーの霧ももうすっかりどこかにいってしまった。
私の棘は先をぽきっとおられ、いつもの口調にもどる。
 
山の天気みたいにコロコロ変わる
娘の機嫌に振り回されながら、
私は今日も自分を振り返り、ちょっとずつ経験をつんでいく。
子育ての山の頂上についたら、
どんな気持ちになるだろうとワクワクしながら。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事