ダイエットに見るコンコルドの誤謬(ごびゅう)
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記事:綾崎(ライティング・ゼミ平日コース)
スマホの画面に、折れ線グラフが表示された。右肩上がりになっている。
画面を右に左にスライドをさせ、数字の増減を確認する。体重記録アプリは、1kg増を示していた。ため息をついた。
太っているというほどでもないけれど、体重は常に平均より少し上。見た目の印象でいうと、ややぽっちゃり。ちなみに、食べることは大好きだ。
私は翌日から、晩ご飯に白米を食べるのをやめた。ちょうど、糖質制限ダイエットが流行り始めた頃だった。お米よりパンが好きな人間なので、晩ご飯から白米が消えるくらいなら苦にならない。
半信半疑、興味本位。理屈で考えれば、摂取エネルギーを減らさなければ体重が落ちるわけはない。頭ではわかっている。でも……。
糖質さえ制限すれば、好きなだけ肉を食べてもOKというダイエット方法は、食べることが大好きな私にとって、魅力的すぎる話だった。
1週間ほど続けたが、体重は減らなかった。
糖質制限についてもう少し詳しく調べようと、ネットで検索すると情報は山ほど出てきた。
みんな、口を揃えて糖質制限で痩せたと言っている。
30kg痩せて糖尿病も改善して、体調が良くなったという人のブログを読んだ。根菜類やトマトなどの糖質を含む野菜や、揚げ物の衣に至るまで、徹底的に糖質をカットした食生活が綴られていた。
その日から、私は朝にパンを食べるのもやめた。
しばらく続けると体重が減ってきた。アプリの折れ線グラフはジグザグとしていたが、1ヶ月単位で見ると減少傾向になっていることがわかる。
結果が出るとやはり嬉しい。
そこからは、早かった。坂道を転げ落ちるようにエスカレートしていった。
毎朝、毎晩、体重計に乗っては一喜一憂。ゲーム感覚で数字を減らすことに執心した。
ダイエットを始めて2ヶ月経った頃には、エネルギーがあるものはほとんど摂らなくなっていた。朝はリンゴ、昼はおにぎり1個、夜は糸こんにゃくを麺に見立てた料理。これが1日のメニューの全てだ。摂取エネルギーは500kcalくらいだったと思う。
もちろん常に空腹状態。頭に浮かぶのは食べ物のことばかり。空腹が辛くなったらウォーキングをした。運動をすると、エネルギー消費になる上に空腹が紛れる。
体重は8kg近く減っていた。そして、生理が止まった。
「うわっ、地震だ」
お手洗いに行くため、職場の廊下を歩いていると、床が揺れた。
慌てて壁に手をついて体を支えて気がついた。揺れていたのは地面じゃなくて自分だった。
再び歩き出すと、足元がふわふわとしておぼつかない。目眩もしていないのに、まっすぐ歩くことができない。
エネルギー不足による影響だ。すぐに検討がついたけれど、まだ食事を元に戻す気にはなれなかった。
コンコルドの誤謬(ごびゅう)。
続けていれば損失になるとわかっていても、それまで投資したお金や時間が惜しくなってやめられないことをコンコルド効果、またはコンコルドの誤謬などと言う。
飢餓状態になっている今、食事をすればいつも以上に体が栄養素を吸収してしまう。せっかく落ちた体重が、あっという間に戻ってしまう!
私は、食べることに恐怖を感じ始めていた。
帰宅すると、職場で受けた健康診断の結果が郵送で届いていた。封筒を開けて、薄い冊子を取り出す。自分の名前が書かれた表紙をめくると、「E」のアルファベットが目に飛び込んできた。
総合判定の部分に、Eと大きく印刷されていた。
E!?
Eは「精密検査を必要とします」。
引っかかっていたのは、血液検査。肝臓の項目だ。
ASTとALT、2つの値が基準値を上回っていた。2つとも基準値は35以下だが、ASTは36、ALTに至っては55と、大幅に超えていた。
病院に行くと、すぐに検査を受けることになった。肝臓の状態は、超音波検査で確認すると知らされた。ベッドに寝かされると下腹部にジェルを塗られ、機械のヘッドをグリグリと押し当てられる。
おじいちゃん先生が、画面を見ながら解説をしてくれた。
「ここ見て、ほら。これが肝臓。
白っぽくなってるでしょ?
これは、脂肪」
「脂肪ですか……」
「脂肪肝になりかけだね」
「脂肪肝」
お腹のジェルを拭き取ってもらい、服を整えると先生が言った。
「お酒を控えたほうがいいですね」
「お酒は飲みません」
「じゃあ、甘いもの好きですか?
食生活でもなるからね」
「まあ、好きですけど……」
私は曖昧に答えた。
私には、アルコール以外で別に心当たりがあった。
たんぱく質不足だ。
ダイエットをしている若い女性に脂肪肝が増えていると、テレビの健康特集で見たばかりだった。
お風呂に浸かりながら、自分の体を眺めた。3ヶ月前と比べると随分痩せていた。もともと骨格の作りが大きい体型なので、骨が異様に目立つ。
首や肩周りの肉はなくなって、骨ばっている。骨盤の形がくっきりと浮き上がっているくせに、内腿の肉は余ってたるんでいた。異様な体型だ。
あれだけ努力してもこんなものかと思った。
湯船に沈んでため息をついた。
私はマトモな食事を再開した。
身体が不良債権になってしまう前に、コンコルドの誤謬は正さないといけない。
白米と、味噌汁と、納豆とゆで卵を朝ごはんに食べた。
お弁当を作って職場に持っていった。こんにゃく料理もやめた。
食事を元に戻すと、待っていましたとばかりにぐんぐんと体重は増えていった。
元の体重に戻るまで、1ヶ月もかからなかった。
婦人科へ行き、ピルをもらうとすぐに生理がやってきた。3ヶ月後には飲まなくても問題なくなった。
元の体重プラス1kgになったところで体重の増加は止まった。
職場で同じ部署の数名でお弁当を食べていると、ダイエットの話題になった。
「いっとき、モデル並みに痩せてたよね。
どうやって痩せたの?」
「運動と食事制限」
そう答えると、相手は興味を失ったようだった。
ダイエットと体型についての話は、昼休み中ずっと続いた。
***
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