僕が30歳になるまで司馬遼太郎作品を読まなかった訳
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記事:廣田夏(ライティング・ゼミ平日コース)
「なんてもったいない! 歴史が好きで司馬遼太郎作品を読んでいないなんて!」
ある飲み会の席で年配の先輩社員に言われた言葉だ。僕は30歳になるまで司馬遼太郎さんの作品を一冊も読んだことがなかった。それは変な心配をしていたからだ。
僕は歴史が好きだ。小学生の頃から得意な科目は社会で、高校時代は世界史を学び教科書はもちろんのこと、補助教材だった資料集まで読んでワクワクしていた。そんな僕の熱心に学ぶ姿を見て、世界史の先生は他の先生に内緒で僕にこっそり出版社から送られてくるサンプルの教科書や資料集をくれた。大学生になると歴史に関する新書や専門書まで読むようになっていた。僕にとって歴史に関する本は娯楽雑誌と一緒だった。難しい記述などがあっても、読んでいても苦ではなくワクワクのほうが大きかった。それくらい歴史が好きだった。
歴史好きになったキッカケは学習まんが「日本の歴史」や「世界の歴史」だった。僕は中学生になるまでジャンプやマガジンなどの少年誌に連載している漫画を買ってもらえなかった。代わりに僕はこの学習まんがを何度も読んでいた。
大学生になると歴史好きの友人が出来た。友人は特に日本の戦国時代が好きで、世間一般では全く有名でない武将たちについて語るような奴だった。鉄道オタクならぬ戦国オタクだった。その友人はある歴史小説を薦めてきた。司馬遼太郎さんの「功名が辻」である。
でも僕は読まなかった。なぜか? 司馬遼太郎さんがイメージする歴史のイメージに染まってしまうのが嫌だったからだ。実は高校生の頃「竜馬がゆく」や「坂の上の雲」を読んでみようと思ったことがある。でもこれらの作品は危険だと思った。教科書などのサンプルをくれた世界史の先生や父親から感想を聞いただけでも坂本龍馬や秋山兄弟の活躍が想像できたからだ。「こんな作品を読んでしまったら、今後どんな歴史に関する本を読んでも司馬遼太郎さんが描いた歴史から離れられなくなる!」そう思ってしまった。
そんな司馬遼太郎作品を読むことを避けていた僕にも転機が訪れる。それはある日の会社での飲み会がキッカケだった。普段はあまり関わらない年配の先輩社員と話していたところ、フトしたきっかけで歴史の話になった。その人も歴史が好きであらゆる年代の日本史と世界史の話になった。そんな時キッカケとなる質問が飛んできた。
「ところで君は、“竜馬がゆく”はもちろん読んだことあるよね?」
ここで嘘をついても仕方がない。素直に読んだことがないことを告げると、
「なんてもったいない! 歴史が好きで司馬遼太郎作品を読んでいないなんて!」
この記事の冒頭に書いた言葉が返ってきた。
その人が酔っ払いながら熱く語る司馬遼太郎作品への想いにやられて、次の日には「竜馬がゆく」を全巻大人買いしていた。
読み始めると面白すぎて読むのが止まらなかった。電車通勤中に1巻読み終わったことを後悔した。読み終えると続きが気になりすぎたからだ。
この経験から2巻以降はジャケットの右の内ポケットに読んでいる巻を、ジャケットの左内ポケットには次の巻を入れておくということにした。ジャケットはまるで防弾チョッキのようになっていた。結局1ヶ月もかからずに8巻全部を読んでしまった。司馬遼太郎作品の漫画のような中毒性に恐ろしさを感じた。
「竜馬がゆく」を読んでいるとまるで映画やドラマを見ているかのような感覚になるから不思議だ。文字を読んでいるだけで龍馬が江戸や京都、大阪を走る光景が浮かんでくる。また龍馬以外のキャラクターにまで感情移入してしまう。僕が一番感情移入してしまったのは武市半平太だった。
「こんな面白い作品、学生時代に読んでおけばよかったかな……」とも思った。でも30歳を超えてから読んだからこそ、当時の日本を本気で変えようとしていた彼ら幕末の志士達に感情移入が出来たのかもしれないと考え直した。
結局僕は司馬先生が描く歴史にどっぷり浸かりそうだ。でも今は変な心配はしていない。実際に読んでみてより歴史の理解が深まって、幕末史をもっと学びたいと思ったからだ。早速幕末史に関する本を何冊か大人買いした。
さて次はどの作品を読もうか。やっぱり明治維新から日露戦争までの日本を描く「坂の上の雲」だろうか?それとも新撰組鬼の副長、土方歳三を題材にした「燃えよ剣」だろうか? もしくはかつて友人が薦めてくれた山内一豊の生涯を描く「功名が辻」だろうか?
しばらく司馬遼太郎作品から離れられそうにない。
***
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