俺のフラッパーバルブから飛び散るもの
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:わかたける(ライティング・ゼミ平日コース)
死んだ方がましだと思った。
毎分、毎秒おそってくる激しい痛みに、身体だけでなく、こころが壊れていった。痛みがはじまると、激痛で動けなくなる。
あるとき、横断歩道を通った。すでに限界値を超える痛みに、体が死体のように硬直し動けなくなった。
目の前の信号は赤にかわり、車がクラクションを鳴らしはじめる。
どうでもよかった。そんなことはどうでも良いとさえ思った。轢くならさっさと轢いてくれと願った。車に轢かれるほうがよっぽど、マシだった。この痛みに比べれば、むしろ轢かれた方が痛くないと思った。
「はやく轢いてくれ」と運転手をにらみつける目は、痛みに耐えかねて、信号機と同じ色に複雑に血走っているのがわかった。
ことの始まりはその半年ほど前に遡る。
健康の為にと、通勤を電車から自転車に切り替えたのだ。
自転車通勤にしては少し遠い距離になるが、毎朝が、すがすがしく気持ちの良い時間だった。かなりのスピードをだしてママチャリを漕いでいると、朝の冷たい空気が顔を赤く火照らせ、白い息が煙のようにうしろに流れ、汗ばんだ身体は軽くなった気がした。
その道のりは、時間で言うと一時間二十分ほどの全力疾走だ。帰り道はゆっくりと自転車に乗るのだが、年末のある防犯強化日に、警察官に止められた。「どこから来たのですか」「鳳の方です」すぐに俺は答えた。「そうですか、どこまで帰るのですか」警察官もすぐに聞いてくる。「天王寺の方です」さっさと終わらしたかったので、俺はさらに切り口上で返した。「はぁ? 天王寺?」「えらい遠いな。ほんまか?」
その声は、あきらかに怪しいやつだと疑っている。「そんなところまで、自転車で行くやつは、おらんやろう」と少し荒い口調になった警察官は、自転車の登録番号を調べだした。
さいわい、自転車登録を調べてくれたおかげで、へんな疑いも晴れて解放された。
「無駄に遅なったな」と思い、俺はペダルを朝のように強めに踏み出した。
「痛い」何かの瞬間、カミソリで切られたような痛みが肛門に走った。稲妻のようにほんの一瞬であるが、かなり深刻に痛みがあったのだ。
その時は、瞬間的な痛みであったし、寒さと空腹ではやく家に帰りたい気持ちが勝っていたので、そのままペダルを漕ぎ続けた。
翌朝、ペダルを漕いでいると、またあの痛みが走った。が、瞬間的な痛みであるため、俺はその日も、翌日も、毎日気にせず自転車に乗り続けた。
ところがある日、トイレで用を足そうと力んでみると、あの夜の、数倍の痛みが肛門に走った。カミソリではなく、包丁を、肛門へ、入れたり、出したりような激痛だった。
なにが起ったのか、わからなかった。あとで切れ痔と知るのだが、そんな経験も発想も、その時にはなく、ただ無知であった。
肛門の痛みはその時から、日増しに増加する。どうすれば良いのか、全く分からず、痛みに襲われる日々が始まったのだ。
自分で肛門が見れないため、痛みの個所を想像するしかなかった。肛門に包丁を何回も突き立てられ、熟れて裂けた、ザクロのような肛門を想像した。裂けたザクロの、ひとつひとつの果肉から赤い血が滴り落ちるようで、想像は恐怖を与えた。
トイレに行くのが怖い。怖いからトイレを我慢する。そうすると便が溜まってくるので、出すときに大きい便が出るような気がして、それも恐怖だった。
トイレを2日ほど我慢すれば、少し傷口が良くなった気分がした。しかし3日目に貯まった塊がでると、今以上に、肛門が張り裂けたザクロようになり、激痛がおそってくる。その頃は排便後も3時間ほど痛みで動けないほどになっていた。
しかしこれはまだ、序の口の話であり、痛みはさらに増してくるのであった。便を水の様に柔らかくすれば良いだろうなど、様々な試みを行ったが、どれも成功はしなかった。
とくに便を下痢ぎみにする作戦は最悪だった。
ハンバーガーショップなどに使用される、ケチャップのディスペンサーがある。そのディスペンサーの先にはフラッパーバルブと呼ばれる、ケチャップを飛び散らせる仕組みがある。ザクロが裂けたような形状をしたバルブである。
俺のフラッパーバルブも、もう同じぐらいに裂けている気がした。ケチャップが温められたバンズの上で、美しく飛び散るように、俺のバルブからもケチャップまみれの赤い糞が規則正しく飛び散った。
この頃になると、一日のうち十二時間以上は痛みに襲われ、その中でも五時間は、痛くて動くことも出来なくなっていた。職場で痛み出したときは、仕事もできず、ただその場で石のように固まっているしかなかった。
その様子をみて「クスッ」と笑う同僚もいた。一瞬怒りを覚えたが、それよりも痛みが激しく、怒りなどすぐにどこかへ消えてしまう。
立つことも、座ることも出来ない。たまたま痛みがはじまった時の状態の姿勢で、彫刻のようにかたまり、数時間痛みに耐えるしか出来なかったのである。
これが毎日、数ヶ月と続いたのだ。
俺はもう、精神的に追い詰められていた。先が見えない恐怖と痛みに、感覚がおかしくなっていった。しかも痔という苦しみは、他人には理解されるどころか、嘲笑の対象にしかならなかった。
「もう一生、痔のままなのかも知れない」そう覚悟するほかなく、それは今の痛みと生活が一生続くことを意味する。地獄へおちて、糞まみれ、血まみれの池で、のたうち回る拷問であった。
このころ、ようやく病院へ通った。
いままで病院を嫌ったわけではなく、病院に行く気力が奪われるほど、痛みが激しく、耐えるだけで全ての気力を使い果たしていたからだ。
「切れ痔ですね」病院の先生は、ぐちゃぐちゃになっている肛門に何かを突っ込んだあと、手慣れた感覚でそういった。
「怖がってはいけません。怖がるから肛門が閉まるのですよ。怖がらずに力まず、自然に排便してください」俺は肛門に関する知識も、痔という悪魔の対処方法も、まるで分っていない。どうやら先生の話からすると、俺の肛門には少し大きめの傷があるという。さながら巨大な口内炎のような感じだ。
恐怖を感じると、肛門はギュッとしまるらしい。俺のように痛い、痛いと思えば思うほど、どんどん肛門がしまるという。
だから口内炎が出来た唇を、何時間も絞り続けていると言えば、わかりやすいのではないだろうか。
その日以来、怖がることをやめるよう工夫した。排便の時も力まず、自然の重力で落ちてくれるように祈った。
するとどうだろう、五日目あたりから少し痛みが和らいだ気がしはじめた。
さらにバナナが良かった。偶然の思いつきだったがバナナを食べることで、便の硬さを調整できた。硬すぎず、柔らかすぎず、肛門に負担の少ない状態をバナナが作ってくれた。
恐怖心がなくなるにつれ、加速度的に回復へ向かっていくのが分かった。
俺はこの経験を踏まえて、言いたい。
「大丈夫、痔は必ず治る」と。
一生続くと思う恐怖心が、精神を追い詰めてくるだろうが、負けないでくれ。必ず治る、安心してくれ。
それと、あまり自転車で遠くまで行かないことだ。
***
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