若気の至りと言いたいけれど
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大橋知穂(ライティング・ゼミ 日曜コース)
国際協力と呼ばれる業界で働いでもう数十年になる。この業界、インフラも衛生環境も整っていない、いわゆる「途上国」というところで苦労した経験がステイタスになる。もっと言えば、感染症や事故・事件に巻き込まれたけれども、そこから生還して今ここにいる、みたいな武勇伝があると、ちょっとランクが上がるような錯覚をみんな持っている。
もう10年以上前のことだ。私は、バングラデシュとインドの国境近くの孤児院に見聞を広めようと出かけて行った。そこでは、孤児院だけでなく、村の学習センターも、NGOのスタッフのバイクの後ろに乗せてもらって回ることになっている。
首都ダッカで、サルワルカミーズと言われる現地服を買い込み、いそいそと出かけた田舎の村では、初めて村にやってきた外国人、ということでみんなが歓待してくれた。
その事故は、初日早々に起きた。
民族服はズボンも上着もゆったりしていて、スカーフを肩から掛ける。なんとなくその所作をわからぬまま、バイクの後ろに乗る。日本だったら、がっつり両足を開いてバイクにまたがり、前の人にヒシっとつかまるところだが、お国柄か、女性たちはまたがず斜め座りで後部席に乗る。そして、右手だけを相手の腰に巻き付けて、軽やかにスカーフをはためきながら、上品に長い髪を風になびかせている。
郷に入っては郷に従え。私も軽やかに乗らなくちゃ!
というか、かっこよく田舎の生活に溶け込んでる風、にしたい。国際協力関係者としては。そして、当然のごとく斜め座りでバイクに乗り、村に向かった。
バイクは大したスピードは出ていないが、田舎のあぜ道は意外とデコボコで、バランスがとりづらい。ズンズンと上下にジャンプして、そのたびにずり落ちそうになる。
ちょ、ちょっと怖い。思えば、昔から運動神経良くなかったし、バランス感覚とかすこぶる悪かった……。
いや、忘れるんだ。田舎の風は気持ちいいぞー。
あっ! れ?
と思った後は……記憶がない。
なんだよぉ。冷たいな。
水なんかかけないでよぉ……。
そう思いながら目を開けると、周りに何十人もの色が黒くてひげ面、上半身裸のおじさんやお兄さんたちが、食い入るように私を見ている。話を聞いて集まって来た村の人たちだ。
なんだ? なんなんだ?!
その状況を判断する間もなく、目の前のおじさんが注射器と針と糸を出す。あ、れ?ここ病院じゃないよね? 動かない頭でかろうじて「使いまわしじゃないな。今袋から開けて出したよね」と確認している私。
横にバイクを運転していたNGOのスタッフの人の心配そうな顔が見える。
彼の説明では、なぜだかバイクから落ちて(現地の人にはこんな程度でバランスをうしなって落ちるとか信じられまい)、気を失って、荷台に乗せられて近所の薬局まで連れてこられ、頭の傷を縫うために、頭に水をかけられて目が覚めた。ようだ。
そうこうしている間に、薬局のおじさんは、何事もないように私の頭を縫ってくれた。よたよたと、好奇の目の村人たちの中を押し分けて薬局をでる。
その後念のため、病院にも行ったが、おじさんの腕がよかったみたいで、縫い直す必要はなかった。サビた機械に頭を突っ込まれてCTスキャンも受けたけど、幸いこちらも問題なし。
しかし、それから3週間の滞在中、いや、その後長年にわたり、村では、バイクから落ちて怪我をした日本人がいた、という逸話が語り継がれることとなる。
さて。
いっぱしの武勇伝だ。これで私も業界人としてのステイタスが上がる。
とは、思えなかった。
なぜなら、この時、私、すでに30代後半、確か37-8歳になっていた。
この手の武勇伝は、10代後半の大学生とか、20代前半の志をもって、業界に飛び込んだうら若き女性の物語としては、ありかもしれない。若気の至りということで。
だが、30代後半では、痛い、迷惑な人でしかない。
バイクに私を乗せていたNGOのスタッフの人とか、若くもない私に快くチャンスをくれたNGOの代表の人とかに、不可抗力でも迷惑をかけた。バイクの人は悪くない!と言い続けて、彼はおとがめなしになった。
いい歳をして、何をしているんだ私、と猛反省したものだった。
でも「いい歳をして」にはいいこともある。
他人の失敗に、寛容になれることだ。特に、若手の失敗に。
なんで、こんなことしたのかなぁ、とか。
なんで、もっと早く気が付かないかなぁ、とか。
正直、20代、30代の部下の取ってしまった行動で、先方に平謝りしたり、自体が悪化することもあるのだけれど。
溜息をつきながら、もう一人の自分がささやく。
「まあ、私も他人のこと言えないからなぁ」
そして、失敗して取り返しがつかなくなって、くよくよしてしまうことも知っているので、次の一手を一緒に考えようという気になれる。自分が痛手を負ってないときは、強気だ。
さらに歳を重ねて50歳になっちゃうと、30代の頃も十分「若いころの私」にくくれる。そう思うと、あの時、「もう歳だから」と言わなくてよかったな、と思えてくる。
「もう歳だから」は相対的なものだ。知りたい、やりたい、見てみたいと思う好奇心があるなら、年齢に関係なく、やってみればいい。
そして50歳を過ぎても「いい歳して」の失敗を繰り返しているのも事実だ。最近、若気の至りならぬ、老化の至りも混ざってきた。
送っちゃいけない相手に、メッセージをぽちっと送って大失敗。平謝りをする、とか。瞬発力が衰えてきたってことだろうか。末恐ろしい。
まあいい。失敗して、反省して、すぐ立ち直るレジリアンスは確実に育った。
「若気の至り」をはるか昔に通り過ぎ、「もう歳だから」も卒業して、今は「年齢不詳」で行きつこう。
ひと様に迷惑はかけないように、は念じつつ。
***
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