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メディアグランプリ

カヌレの包装


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鳥井 春菜(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
晴れた日曜日、小さな白い看板が道路の脇に出されていた。
不定期でオープンしている近所の「カヌレ屋さん」だ。カヌレとは伝統的なフランスの焼き菓子で、外はカリッとしているけれど、中身は柔らかくフレンチトーストみたいな味がする(と、個人的には思う)。
本場フランス人の男性が切り盛りしているとあって、前から気になっていたけれどこれまでオープン日に巡り合えていなかった。これから外出というときだったので、迷いながら遠巻きに看板を眺めていたがやっぱり買わずにいられない。味の説明を聞いて、早速注文する。
 
「じゃあ、プレーンとチョコをください」
 
「100個ずつ?」
 
「あ、えっと、1個ずつで」
 
軽いジョークをナチュラルに繰り出す彼に、しゃくし定規な返事しかできないのがちょっと情けない。
 
「はい、どうぞ」
 
堅い返答を気にする様子もなく、手際よく会計を済ませた彼は2つのカヌレをトンッとカウンターに置いた。
 
――え、これだけ??
 
正直、初見でそう思ってしまった。実際、数秒の間があってから私はやっと「ありがとうございます」とカヌレに手を伸ばす。てっきりケーキのように箱詰めされるか、あるいは、せめて紙の袋にまとめられると思っていたのだ。差し出されたカヌレは、薄いトレーシングペーパーに巻かれて、上の方をキュッとねじってある簡単な包装。手提げ袋にでも入れられて渡されると想定していた私は、これで「お渡し状態」だと理解するのに時間がかかってしまったのだ。
 
少し拍子抜けしながら、だけど「そうか、これでいいんだ。これがいいんだよな」とふと思う。ペーパーを軽く捻っただけの包装は、今すぐにでも開けられそうでちょっと食べ歩いてみたいような気持ちになったのだ。ずっと気になっていたお店だし、サイズも小さいからすぐに食べられそう。何よりこんな風に晴れた日の午後に、寄り道して買ったカヌレを食べて歩くのはすごく楽しいかもしれない。そんな気持ちにさせられて、私は不意に2年前に訪れたフランスの風景を思い出す。背の高い並木の道。ちょうど週末で小さな市場が出ていて、砂糖とバターだけのシンプルなクレープを買って食べながら歩いた。そのときの記憶と気持ちが胸に浮かんで、まるでカヌレの包装がアチラの空気を運んできてくれたような気がした。
 
そう、確かにその旅で私はその国のラフさとフラットさにとても魅せられた。
店に入っても日本みたいに紋切り型の「いらっしゃいませ~」を言わないところが新鮮で好ましかったし、「何人なの? 日本人?」「素敵な瞳の色だね」なんてフランクに声をかけてくれたのが面白かった。“店員然”“如此あるべし”としていないコミュニケーション、与えられた役割になりきるのではなく、自分としてその役割を担っているというスタイルが好きだと思った。その自然体さとお客様だからと気負わないフラットさに、なんだかちょっとしたカルチャーチョックを受けたのだ。
 
残念ながら私にはそうした柔らかさはなく、わりかし頭の堅い人間だと思う。
いつも「こうあるべきだ」が先立ってしまって、そのせいでがんじがらめになって結局時間ばかりたつことも少なくない。自分がそうだから尚のこと思うのだけど「こうあるべき」という先入観はときにスタートをきるための障害になるし、自分で作った縛りが柔軟さや自由な発想を奪ってしまうことがある。それに、そうやって社会が作った「役割」や「規定」にハマっているという安心感にだけに頼っていると、表面的には上手くいっているように見えても本質的なものがすり抜けてしまうこともあると思う。
 
カヌレの包装にしたって、同じことだ。
包むのは中の商品が汚れないようにするためであって、それならトレーシングペーパー1枚で十分だ。箱に入れるなんてある意味過剰で、それを求めてしまうのも「他がそうだから」という理由にすぎない。それよりも、その時必要なものは何か、「適」がどこにあるのかを考えるほうが大切だ。肩に力が入りすぎているのかもしれない、そう思った。こうするべき、なんて縛らずに、何でも自分なりの考え方・やり方でやってみればいいのだ。
 
ワクワクしながら食べてみたカヌレは、とても美味しかった。ほんのりブランデー香りがして、卵と小麦粉のやさしい味わいがふわっと広がる。後に残ったトレーシングペーパーはキュッと小さくまとめて捨てる。かさばらないし、こっちのほうが全然いい。
異国の地に来て、一人でお店を開いているフランス人の彼のことを思う。日本に染まらず、彼らしいスタイルでお客さんとコミュニケーションをとって、ゆるりと送り出してくれたその人は素敵だ。
「こうあるべき」を勝手に人に押し付けていたことに気づかせてくれたこと、自分自身だってもっと気負わずに考えればいいのだと思わせてくれたこと、そうして肩の力を少し抜かせてくれたこと。そのカヌレの包装に、胸の内で感謝した。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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