メディアグランプリ

期待を裏切る主人公が私たちに突きつけてくるもの


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記事:東ゆか(リーディング・ライティング講座)
 
 
小説を読むときに何を期待するのか。
主人公の繊細な心の機微や葛藤に触れたいと思う。主人公の心の動きが私の心も動かしてくれるのではないか。それが感動となって胸いっぱいに広がるのではないか。
そういう期待を、いつも小説に抱いている。
 
その日も文芸書の新刊売り場をウロウロと物色していると、赤と白の表紙が目に飛び込んできた。
 
『破局』(遠野遥・河出書房新社)だった。
 
帯にはデカデカと著者が芥川賞を受賞したことと一緒に、本の中の一節が印刷されていた。
 
「仰向けになり、胸の上で両手の指をしっかりと組み合わせ、交通事故で死ぬ人がいなくなればいいと思った。働きすぎで精神や体を壊す人間がいなくなればいいと思った。(中略)何かの夢に向けて努力している人間がいるなら、その夢が今日にでもまとめて叶えばいい。しかし祈った後で気づいたが、私は神を信じていない。私の願いなど、誰も聞いてはくれないだろう」
 
世の中の不幸な人が人がいなくなるように祈る主人公。そしてその願いは叶わないと悟ってしまう絶望感。なんてセンシティブな主人公なんだろう。きっと細身で、感じやすく、世界から疎外感を感じているような主人公なんだ。こういう感じやすい主人公の話を待っていたんだ! そう思って、本書を読み始めたのだが、ページを読み進めるごとにそれは裏切られていくのである。
 
まず、主人公の陽介は私の期待に反した屈強なラガーマンだった。有名私立大学に通っており、公務員試験を目指している大学4年生。頭の中は筋トレと試験勉強と、射精のことでいっぱいだ。
 
この主人公の属性が分かった途端に私はちょっとがっかりするのだが、読み進めていくうちに私はさらなる空虚感に襲われる。
 
それは主人公が真心を持たない人間だからだ。
 
彼は公務員を目指しているだけあって品行方正な人間だ。「健全な肉体には健全な魂が宿る」というように「女の子には優しくすべきだ」と考えて行動したり「彼女がいるにも関わらず、他の女の子を家に上げてはいけない」というジェントルな態度を崩すことはない。
しかし、その行動の裏には確固たる彼の哲学は存在しない。
 
「女の子には優しくすべき」というのは、亡くなった父親から言われたからそうしているだけであって、どうしてそうすべきかということは考えられていない。そのことが明確に本文の中にも描かれている。
 
「他の女の子を家に上げない」ということに関しても、それが倫理的にそうだからということに過ぎず、恋人や、眼の前にいる終電を逃した元カノに対する葛藤のようなものが読み取れることはない。
 
その癖、筋肉を鍛えることや射精に対する欲望については明確に描かれており、そのことがセンシティブなものを抱えている主人公を期待していた私を更にモヤモヤとさせた。
 
作中には「膝」というあだ名の、お笑い芸人を目指すべきか、就職するべきかを悩む人間味あふれる友人が登場する。なんとかしてその友人に心を寄せて、私が期待する細かい心の機微や葛藤を抱く主人公に変貌してくれないかと祈りながら読み進めるが、最後までそんなことは起こらなかった。
 
「なんだこれは」
不快感をいっぱいにして本を閉じた。ベッドに寝転びながら、陽介の言動について考えてみる。
 
恋人の笑顔を見ても「それを見た私も幸福だったのか?」と、疑問符を感じてしまう陽介。
公務員にやりがいを感じている知人を横に、公務員を目指す理由が全く感じられない陽介。
見知らぬ男に対して、謝らなくても良いところで謝り、それを「自分が善良な人間だからだ」と信じてしまえる軽薄さ。
 
陽介の言動に違和感を感じたページに付箋を貼って読み進めていくと、付箋の数は10をゆうに超えたのだった。
 
しかしこんな考えが頭をもたげた。私も含めて、大多数の人間は陽介と変わらないのではないか。
 
恋人が笑えばつられて笑うかもしれないが、本当に心から幸福を感じているとは限らない。
大きな夢を持っていても、その背景に素晴らしい理想を持ち合わせているとは限らない。
謝るべきところではないところで軽々しく謝ってしまうのは、自分のほうができている人間だということを信じたいだけなのではないか。
 
陽介に対しての憤りが、私自身も抱えている大なり小なりの欺瞞に向けられているものだということに気がついた。
 
私が心惹かれた帯に印刷されていたあの文章だってそうだ。不幸なニュースを見れば、そんな人がいなくなればいいと願わずにはいられない。しかしそんなことを本気で思っているのだろうか。
本気で思っていないから、私はそんな優しい願いを持つ主人公に惹かれたのだろう。
 
優しく繊細な主人公に惹かれる気持ちが、どこから来ているのか。まったく理想とは真逆の主人公である陽介の視点から気づかされた。
 
お前だって陽介なんじゃないのか?
そんなことを突きつけられて、背筋がひやりとしてベッドから飛び起きたのだった。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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