私も「キノコがかわいかった」と言って笑いたいと思った。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:時田菜々子(ライティング・ゼミ平日コース)
「そう。彼、5日間研修に行ったのよ」
彼のお母さんが言う。
その先に続く言葉を、息を呑んで待った。
落ち葉を巻き上げていた風が、一瞬止んだような気がした。
彼と職場が合わなかったらどうしよう。
嫌だと嘆いていたらどうしよう。
記憶にある彼を思うと心配ばかり浮かぶ。
けれど、続いた言葉はこうだった。
「毎日『キノコがかわいかった』って帰ってくるの」
よかった。
心からそう思った。
彼が「幸せだ」と感じていたことが嬉しくて、自然と顔が綻んだ。
私は今、自分のSNSアカウントを開くことができない。
不具合でもパスワードを忘れたわけでもなく、そこにたくさんのカードが散らばっているからだ。
就活の本番が近付いて、一層見かけるようになったカード。
キラキラと光り、私には「マウント」と読めるカード。
そんな意図はなくとも「どうだ凄いだろう」なんて声が聞こえてくるようだった。
逃げるように、好きなものだけ並ぶアカウント――いわゆる裏アカをスクロールする。
それを情けなく思っていた。
そんな私の心の向きをくるりと前に向けてくれたのが、冒頭の彼のエピソードだった。
それを語るにはまず、私の忘れられない出来事から話さねばならない。
話は昨年の、高校のクラス会に遡る。
卒業しておよそ2年が過ぎた頃だった。
卒業後も毎年開催され、未だに40人中30人が参加するほどの仲の良いクラス。
自分で言うのもなんだが、通っていたのはかなり賢い高校で、運よく入学できた私は最後までついていくのに必死だった。
それに纏わる波乱のエピソードは尽きないのだが、それはいずれ語るとして、とにかくクラス会は私より賢い人たちの集まりだった。
その中の一人、私の前に座っていた子がこちらを向いて尋ねる。
「ねぇどんな学科なの?」
来た。
私が所属するのは少し特殊な学科なので、よくされる質問だった。
私は未だ、この問いの模範解答が分からない。
「美術とか映画とかを扱ってて、絵と映画を観たりして、その時代の背景とか思想と
か、作者その人を探って触れて、レポートを書いてるよ」
途切れながらそんなふうに答えたと思う。
その頃は就活なども意識していなかったから、上手い答えではなかっただろう。
と言いつつ就活から目を逸らしたい私なので、今もさほど上手くないけれど。
それでも
「遊びじゃん」
と、笑顔で言われたときには思わず顔をしかめた。
けれどもそこは優秀な学生の集まりで、彼らが正しい空間である。
眉間のしわを解いて口角を上げたそのとき、私は大学受験を思い出していた。
今通う大学に合格しなければ、同級生に顔が向けられないと恐れたあの感じ。
偏差値が人を測って、芸術なんて将来役に立たないじゃんと言われたあの感じ。
良い思い出で染まる高校時代の、数少ない嫌な瞬間が過る。
「そう。遊びみたいな学科なんだよね〜」
そんなふうにしか返せないことが悔しかった。
その日は引き攣った笑顔のまま解散した。
彼らは悪くない。
頭では理解していたけれど、やさしくて笑いも分かる、非の打ち所のない彼らの、そんなところが息苦しかった。
彼らの「当たり前」が突き付けられる瞬間は酷く惨めだった。
それはまるで自分に価値がないと言われているようだった。
彼らの前で私は、何のカードも持たない人間だった。
研修から帰るたび、「キノコがかわいかった」と話す彼。
彼は、生まれた頃から交流のある友達の、3歳下の弟だった。
穏やかな空気を纏っていて、友達の分の掃除を楽しんでやるような、とてもやさしい子だったことを覚えている。
そんな彼のお母さんと約十年ぶりに会う機会があった。
お洒落で声まで可愛いそのお母さんは、十年前の雰囲気そのままに私を迎えてくれた。
娘の近況を聞き、浮いた話を聞き、その弟の話を聞いた。
私の中で小学生のままだった彼は、社会人になっていた。
今はシイタケの栽培に携わっているという。
知らなかったのだが、彼はずっとキノコが育てたいと言っていたらしい。
頭の中で、シイタケを大事に育てる彼の様子がありありと浮かんだ。
そんな彼が笑顔で研修から帰ってきたと聞いて、とてもほっこりした。
毎度「キノコがかわいかった」なんて言葉を添えて。
けれど、初めに私の口から出たのは安堵の言葉ではなかった。
「いいなぁ……」
まるで彼を妬むような。
そんな、自分本位な感想だった。
その言葉に驚いて
「よかったね、本当に」
と、かき消すように続けた。
彼のお母さんと別れてから、自分の声が反芻する。
自然と本音が零れてしまった、そう捉えるしかないだろう。
それならいったい何を羨ましく思ったのだろう。
もんもんとした帰り道を経て、こう結論付けた。
きっと私は、彼が好きなことを貫き通したことに憧れた。
「キノコが好き」「そんな幸せな空間で働きたい」と、彼らしく居続けたことが嬉しく、羨ましかった。
彼のように自分の「好き」を信じたいと思った。
あのクラス会のとき、
「遊びみたいな学科なんだよね〜」
じゃなくて
「素敵でしょう」
と返したかった。
私が大事なものを、私だけは大事にしてあげたかった。
私は、本や絵画や映画を見て、人の心に触れて、誰かと繋がって喜んでもらうことが成功より遙かに大事で、
偏差値と就活を前に光る豊富なカードよりも、一枚で永遠語れるようなカードに惹かれた。
私にはそれしかなくて、それさえあれば良いとさえ思った。
それに気が付いたら何だか自信が出てきた。
聞いてるか、同級生。
成功だけが大事なものじゃないんだぞ。
無意味だって笑うものに、私は価値があると思ってる。
咀嚼できなくて構わない。
ただ知ってほしいだけだ。
あのとき言えなかった言葉がふつふつと湧き上がる。
未だ、彼らの眼を通すと自分の価値が消えるのが悔しくて堪らないけれど。
自分の価値観に自信が持てなくなるときもあるけれど。
今だって強気を装っているけれど心の中は大荒れで、「どう思われるだろう。間違っているだろうか」とビクビクしながら書いている。
それでも、私はきっとこれからも「キノコがかわいかった」と帰ってくる彼に憧れるのだから仕方がない。
好きなものを、ずっとそのやさしい手で包んできた。
そんな彼の話を聞いて思わず「いいなぁ……」と溢してしまうのだから、諦めるしかなかった。
素晴らしいカードに出会うのが恐ろしくて次の同窓会には行けないし、SNSを開けない私だけど、彼の言葉を思い返せば前を向ける。
それは記憶にあるやさしい声で、彼に
「間違ってないよ」
と、言われているようだった。
もし、私と同じように彼に惹かれた方がいるのなら、一緒に前を向きたい。
間違っているかもしれないが、私はその方の「好き」を大切にしたい。
大事に持った価値あるものを恐る恐る見せ合って、語って。
そうして「キノコがかわいかった」に続く、私たちなりの言葉を持って笑い合いたい。
***
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