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大西洋を渡った味噌


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石川サチ子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
2019年4月。
わが家にメキシコ人の女性がホームステイしました。
名前はネリー、メキシコで日本語通訳の仕事をしていました。
ネリーにとって日本は憧れの国だったようで、10年来の夢が叶って来日。
3月から5月のゴールデンウィークまで滞在する計画で、日本を楽しんでいました。
わが家で過ごしたのは、東京から広島に向かう途中の3泊4日。
 
中3の子どもと私と三人で、大阪城、清水寺、伏見稲荷など、ネリーが行きたいと言う場所に出かけました。
 
ネリーは日本食も大好きで、納豆、梅干し、たくあん漬け、味噌汁など、どれも「美味しい、美味しい」と食べてくれました。
特に、味噌汁は気に入ってもらったようで、「この味噌汁、美味しいですね」と何度も言ってくれました。
私はその言葉に嬉しくなっていました。
 
なぜなら、わが家の味噌汁は、私が一年ほど前に仕込んだ味噌ですから。世界中どこに行っても、うちでしか食べられません。
 
「好きなだけ食べてね」と、大なべに味噌汁をたくさんこしらえました。
 
わが家から次のホームステイ先に向かう前日。
 
ネリーと一緒に味噌を作ることにしました。
 
「味噌は、大豆で作るんだけど、他の豆でもできるんだよね、だからメキシコにある豆で作ってみたら良いかも」
 
ネリーは、大豆以外で味噌ができることに驚いていました。
 
日本でもあまり知られていませんが、大豆以外の、小豆や金時豆、ひよこ豆、インゲン豆でも味噌はできます。それぞれの豆の特徴が味噌になっても出てくるので、小豆は、お汁粉っぽい味噌になるし、金時豆やインゲン豆は、ベトッとした甘みのある味噌になり、ひよこ豆は淡泊な味の味噌になります。
 
味噌作りの材料は、大豆とこうじと塩だけ。
 
その割合は、
 
大豆 : こうじ : 塩 =1 : 2 : 0.5
 
です。
 
例えば、2㎏の大豆だったら
 
大豆 2㎏
こうじ 4㎏
塩 1㎏
 
になります。
 
大豆が小豆や金時豆など他の豆になっても、この割合は変わりません。
 
具体的な作り方は、次の通りです。
 
大豆を一晩水に浸して、鍋で煮ます。
大豆を煮ている間に、こうじと塩を混ぜ合わせています。
大豆が黄金色になって、もこもこして柔らかくなったら、すり鉢で潰していきます。
こうじと塩を混ぜ合わせたものと、すり鉢で潰した大豆を混ぜ合わせ、ボール状に丸めていき、容器に詰めて、上部に焼酎に浸したガーゼをかけ、サランラップをして、容器のふたをします。
その状態で、半年から一年くらい経つと味噌が出来上がります。
 
大豆を茹でている間に、ネリーは材料や作り方をメモしていました。大豆が茹で上がると、私と一緒にすり鉢で、こうじと塩と潰した豆を混ぜてボールにして、味噌を仕込みました。
 
そうやって出来上がった味噌は、最初は白っぽい色をしています。タッパーに詰めて、ビニール袋3重くらいで包み、更に、レジ袋3枚くらいでしっかり密封して漏れないようにしました。
 
この仕込んだ味噌を、メキシコまで持って帰ってもらい、一年位して、ネリーの家族たちが食べてもらえたら嬉しいなと思いました。
 
ネリーは、厳重に包んだ味噌のタッパーを大きなスーツケースの一番下に入れました。それでも途中漏れる恐れもあったので、更にタオルでぐるぐる巻きにしました。
 
「メキシコで、美味しく味噌ができ上がると良いね」
 
このとき、私は半信半疑でした。メキシコの気候がよく分からなかったし、味噌を熟成させるのに適しているのか、ちゃんと発酵するのか、全く自信がありませんでした。
 
ネリーがわが家を去った後、私は向き合いたくない問題が待ち構えていました。
 
中三の子どもの鬱がぶり返してしまったのです。目がうつろになり、スマホを手放さず、ぼーっとしながら一日中ムダに時間を過ごし出しました。
 
このような傾向は以前からあり、私は、どうしたら良いのかとても悩んでいました。
 
ネリーが来てくれることで、子どものやる気が少しでもアップしてくれたら……そんな願いもありましたが、子どもは何も変わりませんでした。
 
「高校受験なのに、進学するつもりはあるの?」
「勉強がイヤなら、中学出たら、働いても良いんだよ」
 
中間テストや期末テストの勉強も全くしていないから、内申点も悪く、子どもが行ける高校は学区内でも最低のところしかありません。近所の成績の良い子と比べては、子育ての失敗を毎日悔やんでいました。
 
夏休み前の三者面談では、担任に
 
「態度がでかくて謙虚さがなく、何も頑張らない子だ」
 
と正面切って言われました。
 
まるで私に「こんな子に育てたのはあなたの責任です。親として恥ずかしくないんですか」と責め立てられているような不快な気持ちになって帰ってきました。
 
夏休みになっても、二学期が始まっても、冬休み直前でも、私ばかりが焦り、落ち込んでいました。
 
こんな2019年も終わり、2020年が明けた頃。
 
ラインにメッセージが入ってきました。
 
春にわが家にホームステイしたメキシコのネリーからでした。
 
「素敵な一年になりますように」とありました。
 
私は、覚えてくれたことが嬉しくてすぐに返事をしました。
 
そういえば、あの味噌はどうなっているんだろうか?
 
4月に、うちで仕込んだ味噌がどうなっているのかしりたくて、恐る恐る聞いてみました。
 
すると、ネリーからこんな返事がきました。
 
「かびているかもしれない」
 
あぁ、やっぱり、日本とメキシコでは気候が違うんだな、味噌はメキシコでは発酵しないんだな、とがっかりしていたら、ネリーから味噌の写真が送られてきました。
 
その写真は、焦げ茶色に立派に変色した味噌の姿がありました。
 
「あぁ、これ、カビなんかじゃないよ、味噌だよ、白っぽいのがこんな色に変わるんだよ」
 
そんな返事をしました。
 
ネリーは、「良かった」と安心して、「どれくらいで食べ頃になるのか」聞いてきました。
 
「一年くらいかな」と答えたら、4月まで待つと返事がありました。
 
メッセージのやり取りが終わってからも、私は、ネリーから送られた味噌の姿をじっと見ていました。
 
8ヶ月ほど前に、この部屋の一室で仕込んだ味噌が、大西洋を渡って、メキシコという土地に降り立った、言葉も知らない場所で、こんなに立派に成長していた、その姿は、なんて神々しい姿なんだろう。
 
まるでわが子が旅立って知らない土地で立派に成長している姿と重なって、元気になってきました。
 
大丈夫、うちの子もきっとどこかで、この味噌のように、びっくりするくらいに変わるときが来る。
 
何の根拠もないけど、そう確信していました。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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