「無洗米を選ぶこと」と「禁煙」は同じだった
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記事:佐々島由佳理(チーム天狼院)
「無洗米か、無洗米以外か」
お米を研ぎながらそんなことをブツブツ唱え、3回目の研ぎ水をかえたところだった。視界に「10kg」の米袋が見切れるたび、私は白く濁った研ぎ水と一緒にモヤモヤした感情を流しへリリースするのだった。
その日は、仕事で一日中バタバタだった。ひーひー言いながらなんとか作業を仕上げ、街に17時を告げる音楽が鳴り始める前に、ギリギリ保育園のお迎えに滑り込んだ。大体この辺りで“仕事モード”から“主婦モード”に切り替わる。帰り道、保育園で何をして誰と遊んだか、子供達の話を聞く合間に脳内では夕ご飯の献立を立て、家に着く頃には食卓のシミュレーションが完了している。
家に着く手前で「今日もなんとか無事に終えたなぁ……」と油断したその時、アレがないことをふと思い出した。おかずは完璧なのに、肝心のお米がない。そうだ……お米を切らしていたではないか! スーパーに寄って帰らねばと方向転換した時、ふと我に返るのだった。いや、ちょっと待て。クタクタな上に、PCやらが入った重い荷物、プラス幼子2人を連れて、さらに米も持ち帰れ……だと……? 残念ながら、その日の私にそんな余裕は1ミリも無かった。一旦、家に帰ろう。とりあえず荷物を置きたいし、休憩したい……。
そんな時だ。携帯を見ると、今日は夫が仕事を終えて早く帰ってくると連絡が入っているではないか。私は急いで夫に「お米求ム」とLINEを送り、心置きなく夕飯の準備へと家路を急いだ。
数十分後、連携プレーでお米無しの危機を乗り越えた我が家に、夫が帰ってきた。背中でドサリとお米置く大きな音がしたので、「お米ありがとう」と調理の手を止め振り返った瞬間、「あれ?間違えちゃったな〜」と夫はつぶやいたのだった。そこには「米袋10kg」が鎮座していて、あぁ、いつもは5kgを買うのに間違えちゃったんだね〜、と10kg米袋のまあまあな存在感に感心していたのだが、いや、そうじゃない重大なものが抜けていると気づくのに時間はかからなかった。この米袋には一切「無洗」の文字が見当たらないのだ。
「まぁいっか。洗えばいいもんね」と沈黙を破ったのは私、ではなく、夫だった。
待て待てーい。いや、洗えばいい、洗えばいいけど、洗うのはきっと私なんである。5kgならまだ許せたが、10kgときたもんだ。ただお米を研ぐことにフォーカスできるのなら異議無しだが、夕飯の支度にはいくつものタスクが同時進行し、時に子供の要望やそのほかの家事など、夕飯の支度以外のミッションも並行してクリアしていかなければならない。合理的に進めなければならないし、少しでも選択をあやまれば時間は押し、詰んでアウトなのだ。私にとっての無洗米は、仕事終わりで残り少ない気力・体力をできるだけ温存し、優先すべき家事・育児に向き合う時間を生み出し、最大のパフォーマンスをあげるための、最強のバディなのである。
心の器が狭いことは重々承知の上で言わせてもらえば、たかが無洗米、されど無洗米なのだ。一家4人、毎日2合炊くとすると、お米10kg(=約66合)につき、33回、つまり約1ヶ月の間私は毎日お米を研ぎ続けねばならない。これを時間に換算すれば、1回5分程度かかるお米研ぎが33回で、165分=3時間弱が1ヶ月のうちお米研ぎに費やされる。これが半年、1年と増えていくと思うと……無洗米以外の選択肢はリスクでしかなかった。時は金なりならぬ、無洗米は金なり、お米一粒一粒に1分、1秒の価値が宿っているのであった——。
振り返れば、私は無意識に“時間”に換算して考えることがあるように思う。タバコを辞めた時もそうだった。仕事の休憩中に会社のベランダで吸うことが多かった私は、ふと考えた。タバコ1本吸うのに5分、1箱で100分。100分あれば、何本電話がかけられ、いくつアポを入れ、どれだけ仕事が取れただろうか。そして気づいて怖くなったのだ。タバコを吸うことで仕事は取れないし、取れないことのストレスでまたタバコを吸う。辞められないと思っていたタバコは、その思考のおかげですぐにサヨナラすることができた。
“今の自分にとって、それは限られた時間を費やしても良いほどのことなのか、他にやりたいこと、やるべきことはないか”。私にとって、「無洗米を選ぶこと」と、「禁煙すること」は、思考回路的につながっていたのだ。
喫煙者だった頃の私は、一つでも多く仕事を成功させて自信と力をつけたかったし、費やせる時間が他にあればかき集めてそこに回す必要があった。
そして今、幼子を二人抱えながら仕事、家事、育児に向き合う私には、お米を研ぐ、研がないは天と地の差ほど大きく、優先したいのは責任ある仕事や、子供、家族との時間だ。たとえお米を研ぐことは数分でも、ちりつもで大きな時間になり得るし、人生の大事な瞬間にもなり得るのだから。
ゆくゆくは、米を研ぎ、釜でご飯を炊くことに時の価値を見いだせるくらい、ゆとりのある人生だと良いなと思うけれど、それは多分、もう少し先の話。
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