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メディアグランプリ

アドレスホッパーに背中を押された話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「本当にいいのね? 後で後悔しないね?」
「いいんだ。もう決めた。売ろう」
義父が建て半生を過ごし、私たち家族の時間をずっと守ってきてくれた我が家を売却することに決めたのは昨年の夏のことだ。
駅からほど近くリフォームを3回も繰り返し住みやすく変えてきたこの家を売ることに
私はまだ迷っていた。
でも今はあの時、決断を下した夫に心から感謝している。

まるで神に導かれるように物事がするすると進むことがある。
この住み替えが正ににそうだった。
同僚に勧められて夫がSUP(スタンドアップパドル)を始めたのが、一昨年。
逗子のSUPスクールに毎週日曜、喜々として通う夫。
「逗子はいいぞ~」
定年を過ぎ貯金もあまり無いのに、趣味にお金をつぎ込む夫に私はイラついていた。
その年の6月には金融庁が「老後資金2,000万円不足」というショッキングな発表をし
私の不安はピークに達し、下流老人などという言葉が脳裏をかすめた。
なるようになるさという能天気な夫と心配性の私。老後についての話し合いはいつも平行線だった。
お金のことで言い争いをするのが嫌で、私は現実から目を背けがちになった。

一方、当時私が働いていた職場ではユニークな福利厚生サービスを始めた。
アドレスホッパーとして暮らす人々に住まいを提供する会社と契約をしたのだ。
「アドレスホッパー」とは、特定の拠点を持たずに、国内外を移動しながらAirbnbで見つけた部屋やホテル、ホステル、旅館などで暮らしつつ仕事をするライフスタイル、だそうだ。
この会社は日本全国50箇所以上、空き家や別荘をリノベーションし定額制で貸し出している。
私たちはアドレスホッパーではないが、職場が契約したことで施設を利用できるようになり、興味半分である施設を予約してみた。
北鎌倉の観光地とは離れた住宅街にある一軒家。
そこを起点に逗子や鎌倉の家を見てまわらないかという提案に夫はホイホイのってきた。
逗子に住むことに憧れる夫と、それは夢のまた夢、現実の物件を見たら諦めるだろうとひそかに画策する妻との1泊旅行だった。

私たち夫婦はその家で、アドレスホッパーとして暮らす3人の若者と出会った。
とても落ち着きがあって淡々と静かに時を過ごしている彼らは、それぞれ仕事も出身地も違い、仲間という訳でもないらしい。
その中の一人に話を聞いた。
彼はリモートワークで仕事をしており、日本全国に出張が多い。
東京のマンションで一人暮らしをしていたが、家で寝ることが月の半分も無く
このシステムをもう1年以上利用しているという。
デイパック一つ身の回りのものだけ詰めて出張に出かけ、施設に泊まる。
月4万円で全国の施設を利用でき光熱費も要らない、このシステムが本当に自分に合っていると言う。
「親御さんは心配しませんか?」
「服とか荷物は無いの?」
「将来もずっとこの生活を続けるの?」……
私たちは驚いて、初対面の若者にいろいろ質問してしまったが、彼はさらりと答えてくれた。
「いつか家庭をもったら、これはできないかもしれませんね。
でも今はこのスタイルが快適なんですよ。服とかそんなに要らないし、今使わないものは実家に預けてあるんです」
話には聞いていたけれど、身も心も軽々と暮らす彼らを目の当たりにし私は驚きを隠せなかった。
私たち昭和世代は働いて家庭を築きマイホームを建てて一人前、のような概念にまだ囚われていたのかもしれない。
幸い、我が家は義父が建てた家があり、その家を守っていくことが一大任務だと思っていた。
家を守る。誰のために?
義母、義父が他界し二人の娘はそれぞれ独立した今、私たちが守るべきものは「家」という器ではなく「家庭」スイートホームだ。
二人が言い争いを続け、ホームが崩壊したら元も子もない。
目から鱗とはこのことか。
若者に大いに刺激された私は、「夫の夢に乗ってみようか。貯金が無くてもなんとかなるかもしれない」と考え始めた。
「この先湘南に暮らすのもいいかもしれないね」
「やっとわかってくれたか!」夫は満足げに微笑んだ。

その翌日から私たちは中古マンション探しに明け暮れた。
残念ながら夢の逗子の物件には手が届かなかったが、数か月して鵠沼海岸に格安の中古物件を見つけた。今よりずっと手狭だが夫婦2人が暮らすには充分な広さだ。
リフォームすればきっとよくなると夫が確信した。
と同時に、住んでいた家の売却を進めていった。
とても運よく、駅近で店舗と自宅を併用できる物件を探していた方が購入してくれた。
家の売却、マンションの契約、リフォーム、引っ越し準備とめまいがしそうなスケジュールを経てようやくその年のクリスマスイヴに引っ越しを終えた。
段ボールの山の中で、夫がクリスマスツリーを引っ張り出してくれた。
チカチカ光るライトに照らされて私たちは乾杯をした。

あれからもうすぐ1年になる。
天気のいい日は海岸に出て散歩をする。
朝は富士山を眺め、夕焼けの美しさに息をのむことも少なくない。
サーファー、犬の散歩をする人、ヨガをする人、新聞を読む人、誰もが思い思いに時間を過ごしている海辺を二人で歩く時、本当にこの地に来てよかったと思う。
コロナで世界中が変わってしまったけれど、この地にいる人たちはそのストレスから少し離れたところにいるように見える。
人生を楽しむのが上手な人たちの表情はやたら明るいのだ。
そんな人たちの仲間になれたのだとしたら私は嬉しい。
どうやら夫の能天気がうつってしまったのかもしれない。
 
 
 
 
***
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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