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サンタとアボカドは寝て待て 正しいクリスマス・イヴの過ごし方


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記事:井伊 さつき(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
2020年12月24日は、血のクリスマス・イヴとなった。
 
さかのぼること20数年前に『サンタが殺しにやって来た』というクリスマス特番のドラマがあった。クリスマスに浮かれるカップルをサンタが殺しに来るというストーリーは衝撃的で、放送当時は抗議の声も多かったというから、記憶に残っている人もいるかもしれない。サンタさんが来るのを楽しみにしていた幼い私は、斧を持ったサンタが出てくるその恐怖のドラマのCMをみると震えあがった。しかし、その夜我が家が血に染まったのは、殺人鬼のサンタがやってきたからではない。
 
24日の夜は、次の日が仕事納めだというのに全く仕事が納まる気配がなく、23時過ぎに帰宅した。クリスマスらしくフライドチキンが食べたかったが、ケンタッキーの店舗はとうに閉店の時間を迎えていた。
 
私はクリスマスに限らず、ケンタッキーのチキンが大好きである。ケンタッキーでは28日にお得な「とりの日」パックが販売されており、それが毎月の楽しみだった。しかし半年前からはクリスマスに食べるときの感動を最高潮に高めるために、あえてフライドチキン断ちをして備えていた。
チキンそのものはもちろん、クリスマスシーズン恒例のCMも大好きだ。なかでも竹内まりやさんが歌う、クリスマスのウキウキした気分を盛り上げるCMソングがお気に入りである。大人になった今でも、春でも夏でも構わず鼻歌をうたい、12月に入ると口ずさむ回数はぐっと増えていった。
それほど楽しみにしていたものだから、イヴの日に残業になってケンタッキーのチキンが食べられなくなり、心底がっかりした。
 
しかたなく帰り道にコンビニチキンを求めて寄り道したが、近所のコンビニのフライドチキンも全滅。塩味の焼き鳥が申し訳なさそうに、レジ横のケースの隅に残っているだけだった。焼き鳥に罪はないし、同じ鶏肉ではあるが、イヴの夜に食べる気分ではない。私はしょんぼりして、足早に店を出た。
 
もしかして夫がご馳走を用意してくれているかもしれないと、わずかな望みを抱いてアパートのドアをガチャリと開けると、早々に帰宅していた彼は居間でテレビを観ながらくつろいでいた。晩ごはんもお風呂もとっくに済ませた様子だ。チキンへの期待は、「こんな時間に油ものはよくないし、チキンは早く帰ってこれたらねって言ったでしょ」と一蹴された。
 
しかたなく、いつものように白ご飯に納豆、前日の余りもののスープの夕食をとった。夫はデザートに生チョコが入った大福を買ってきてくれていて、それはそれでとてもおいしく、有難かった。しかし、これではクリスマスの雰囲気がない。彼もそう思ったらしいが、ケーキ屋は帰宅時には既に閉まっていたらしい。
 
どうしてもクリスマスらしいものが食べたいと、冷蔵庫の中を見渡したところ、丸々とした赤いトマトとクリームチーズ、そしてアボカドを見つけた。赤・白・緑のクリスマスカラーだ。これらを組み合わせれば、たちまちクリスマスらしい食卓になるではないか。我ながら名案だ。なぜ早く思いつかなかったのだ。
 
私は少し機嫌を直して、竹内まりやを歌いながらナイフを取り出し、アボカドの皮に刃をあてた。一周切れ目を入れてぐるりと回せばきれいに真っ二つ、のはずだった。しかし固くて回らない。執念深く何度も刃をぐっと差し込んで回し、何とか二つには割れた。次はさいの目状にカットだ。だが、やはりここでもアボカドは、絶対に切られてたまるものかと強い意志を見せた。このアボカドが十分に熟れておらず、まだ食べるには早すぎることには薄々気づいていたが、もうここまで来たら引き返せない。突き進むしかないのだ。この石頭め、と私は心の中でアボカドを罵りながら、左手にアボカドの片割れを持ち、右手に握りしめたナイフでぐりぐりと何度も突き刺した。数分間格闘した結果、ついにナイフは石頭を貫通した。
 
しかし、私に勝利を味わう暇はなかった。ナイフはアボカドの瑞々しいグリーンの果肉部分ばかりでなく、そのごつごつとした茶色い皮も越え、私の薬指をぐさりと刺したのだ。幸い指は繋がっていたが、ぱっくりと開いた傷口からは真っ赤な血がだらだらと流れた。勢いよく突き刺さった驚きと、あまりの痛さと愚かさに私は呆然とした。
 
夫はよくこのような怪我をする私にあきれながらも、さっと薬指に絆創膏を巻いてくれた。傷口の潤いを保ったまま治すという、ゼリー状の絆創膏だ。このタイプはすぐに取り換えずに数日間貼りっぱなしなものだから、次の日もそのまた次の日も、しばらく結婚指輪はその席を失うこととなった。あんなにも苦闘したアボカドは、残念ながら結局一口も食べられることなく捨てられた。しばらく寝かせればおいしく食べられたはずなのに。
 
思えば、子どもの頃のクリスマス・イヴの夜は、毎年胸を高鳴らせながらサンタさんからのクリスマスプレゼントを待っていた。あの恐ろしいサンタのドラマが放送された年でさえも。そして翌日のクリスマスの朝、枕元にプレゼントを見つけた時の飛び跳ねるような喜びは格別だった。
 
そう、サンタさんからのクリスマスプレゼントもアボカドも、はやる気持ちを抑えてゆっくり寝て待つほうが幸せなのだ。果報は寝て待て、サンタとアボカドも寝て待て。そんなことを文字通り痛感した、血のクリスマス・イヴであった。
 
 
 
 
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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