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サラリーマンの屋久島移住


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石川まみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
屋久島移住の決心が固まり、いよいよ辞表を出す日がやってきた。
なにせ一つの会社に勤続30年、辞表を出すのは初めてだからドキドキする。
 
課長と小さな会議室の机に向き合い、そっと辞表を差し出しながら
「早期退職制度を利用し6月末で退職したいと思いまして……」と控えめな声でそう言うと
「えっ、マジ‼」と大声で言ったあと、課長は私を引き留めた。
「ありがとうございます。でも、もう決めたので……」
「あのさー、僕の同期でサーフィンが好きなやつがいて、そいつは20代のころにサーフィンを極めたいと言って、会社を辞めて、種子島に行ったのよ。」
「はぁ…?」
「それで、そいつ今どうしてると思う?」
「さぁ……」
「ゆ・く・え・ふ・め・い、だっ!!」
予想外の「行方不明」と言うワードにひるんでしまった私は、その日はいったん辞表を引っ込めておずおずと持ち帰った。
 
特に全国型の男性社員は定年後もまだシニア社員となって会社に残る人が多いような古い体質の会社だ。
大きなシステム改革を前にして人員が足りなかったことも有ったと思うが、今、長年キャリアを積んだ安定した正社員の座を捨てて、どこにあるかも知らない離島に行くなんぞは彼には考えきれない、無謀な計画だと言うのだ
 
友人や知人の反応も似たような感じではあった。生まれも育ちも東京で、冷暖房がきいたオフィスで仕事をしている会社員の私たち夫婦が「屋久島に移住することにした」と聞いた友人、知人の反応は様々だが、たいていは
「ずいぶん、思い切ったねー!」と、驚いて、
「仕事は?生活はどうするの?」と、心配して、
「どうして屋久島なの?」と、理由を尋ねる。
そして夫と私自身も、もちろん「思い切った決断」だと思っていた。
 
私たちは、定年したら暖かくて自然豊かな場所で、暮らしたいねと話していた。
今から15年ほど前に、まずは候補地巡りをしながら旅をしようということになった。
 
その候補地の一番になったのが「屋久島」
なんと、初めて訪れた時に土地を買ってしまった。
屋久島が候補地になった理由は色々あったが一番は、なんといっても生命の源である「安全でおいしい水が豊富」だということ。
緑に囲まれていたいけど、海も見えたらいいな。できれば川の音も聞きながら暮らしたい。
参考程度に土地を見せてもらおうと軽い気持ちで不動産会社を訪ねたが「これだ!」と思える土地に出会ってしまった。旅先で偶然運命の人に出会ってしまった感覚だ。そこにいると、なぜかしっくりくる相性の良さを感じてしまった。
 
2011年3月11日東日本大震災が発生。
移住するなら定年後と考えていたが、このことがきっかけで私たちの気持ちは急速に、すでに土地が有った屋久島に傾いた。
約10年も移住が前倒しになったことで経済的な不安も大きかった。心配性の私はファイナンシャルプランナーにも相談したり、家を誰に建ててもらうかなどを吟味したり、レンタル菜園に通って野菜作りの勉強をしたり、細かく準備して2013年に思い切って移住を決行した。
 
屋久島行きが近づき、夫と共通の友人たちと食事をしていた時のこと。
「本当に行ちゃうんだね、どうして屋久島を選んだの?」と聞かれた。
そのとき夫の口から意外な言葉が飛び出した。
「ずっと昔、屋久島の存在も知らないころに胸の奥から“屋久島”という声が聞こえたんだ」
「ハハハ、またまたー、屋久島は呼ばれた人しか行かれないって言われたりするものね!」などと言われて、場は和んだが私も含め誰も本気にはしなかった。
 
建築中の家を見るために屋久島を訪れた時のことだ。
泊まった宿のオーナーは、私たちより若いが移住の先輩だったので色々と体験談を聞いたら驚いた。
10年前に二人の小さな子供を連れ、とりあえず土地だけは借りてテント生活をしながら自分たちで家を建てたと言う。しかも建築の経験は全く無く、最初は図書館で本を借りて勉強しながらだったとのこと。今やご主人は立派な大工さんだ。
「台風の夜なんて大変だったよー! トイレは無いから自分も子供もずぶ濡れで、草むらでさー、命がけよ」と奥さんは豪快に笑う。
移住後に出会った人たちの中にも自分で家を建てた人は多くいた。
一人で地道に建てていて、いつまでも建築が完成しない「ガウディ」さんと呼ばれている人も沢山いた。
あえて水道に頼らず山水を引いたり、ガスに頼らず竈で調理したりする人も多い。
世界一周の途中で立ち寄った屋久島が気に入って、そのまま住んでる人や、自宅出産を選ぶ人も稀ではなかった。
 
みんな、逞しいな。
私たちは、自然の中で生きる知恵なんて何もない。ライフラインが無いとすぐ死んじゃいそうな気がする。
しかも「ずいぶんと思い切って」屋久島に移住したと思っていたサラリーマン夫婦は、実はこれでもかと言うほど「石橋を叩いて渡ってきたのだ」
 
屋久島に移り住んで暫くしてからの移住者の集まりで「なんで屋久島を選んだの?」と聞かれた。
「胸の奥から“屋久島” という声が聞こえたんだ」と夫がこたえると、今度は「そうそう、私もー!」とか「やっぱり、そうだよね」とか、東京にいたころとは違う反応が返ってきた。
「へー、そういう反応なの!」と私は思ったが、もはや驚かなかった。
夫に本当にそんな声が聞こえたのかは疑わしい。私は半信半疑だが、でもちょっと面白いと思った。
 
ここで暮らしてみて、長年凝り固まっていた価値観や考え方が、どんどん覆されて行った。人とのかかわり方や、つながり方も変わった。
無謀だとも言われた屋久島移住だが、ここに至る道筋は最初から示されていたのかもしれない。
当初の計画より早く、体力が有るうちに移住できたことも幸いだ。
「思い切って来た」と思っていたが、実は「石橋を叩いていた」と感想を話すと「そう、そう、私も!」と共感してくれる移住者たちもいた。
そんな仲間と、地元との方たちに教えてもらいながら米作りを始めて、すでに4年。何とか今年も自分たちで一年間食べる分のお米を収穫することができた。
今では私たちも、だいぶ逞しくなった。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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