メディアグランプリ

ミニトマトの終わりはアボカドの始まり


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:R・H(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「新しい機能を考える際には、まず、初めと終わりを考えなければならない」。
製品開発に関する講義で学んだことだ。
 
ペットボトルが身近な例だ。ペットボトルは使い終わった後、リサイクルするために資源ごみとして出さなければならない。そこで、ラベルをはがしやすくしたり、つぶしやすい形状にしたりと、改良されてきた。このように、ペットボトルには「液体を運ぶ機能」だけではなく、捨てやすい機能」も必要だということが、リサイクルという「終わり」を考えることでわかる。これはモノだけでなく、サービスやビジネスの仕組みなど、何においても通じることなのだそうだ。
 
話を聴きながら、一年前、夢中になって育てたミニトマトの苗を思い出していた。
 
その苗はショッピングモールの抽選会の景品だった。赤色と黄色、2種類のミニトマトのセットである。しかし、これまで野菜を栽培した経験がなく、知識も道具もない。私は、なんだか厄介なものをもらってしまったような気がして、少し困惑していた。
 
しかし、ミニトマトにも生命が宿っている。きっかけは何であれ、受け取った時から私はミニトマトの生命を守る責任を負ったのだ。
そう思うと、ミニトマトの苗が急に自分の子のようにいとおしくなった。困惑していた気持ちはすっかり消えた。茎が折れたり葉が取れたりしていないか、何度も袋の中をのぞきながら、家まで大切に持ち帰った。
 
栽培道具をそろえるためにホームセンターに向かった。ミニトマトの栽培方法が書かれたリーフレットを手に、いそいそと買いまわった。10数年前、捨てられていた子ねこを家に連れて帰り、缶詰めやらトイレやらを買いに走った時のようだ。早く帰って世話をしてやらないと、と、そわそわしながら買い物をしたあのときと同じだ。新しい毎日が始まることに心が躍っていた。
 
プランター・土・肥料・敷きわら・支柱を購入した。苗をポットからプランターに植え替え、準備は整った。
 
翌日から、いつもより少し早起きして水をやり、成長の様子を写真に収めた。仕事から帰ったらまずはミニトマトと向き合う時間だ。朝からどれくらい伸びたか、虫はついていないか、などを確認した。
初夏の青い空の下で苗はぐんぐん成長し、花を咲かせ、1ヶ月ほどで小さな実を付けた。そこから大きくなるまでに約10日。そして、色がつくまでさらに1カ月ほどかかった。その間、虫がついたり花がぽろぽろ落ちたりと、心配なことが起こると、ネットで対処方法を調べ、肥料を変えたり水の量を変えたりしながら世話をした。
 
一番初めの実に色が付き始めてから、毎朝5~10個ほど収穫できた。朝食の時に食べ、1ヶ月ほど楽しむことができた。
 
夏の終わりになると、実はつかなくなり、それとともに毎朝の水やりもしなくなった。すると、それまでは毎日気になって気になってしかたなかったミニトマトが、急にじゃまなものに思えてきた。
葉は枯れ、茎はやせ細っていった。少し前までは、私の背丈をはるかに超えた立派な茎に、青々としたみずみずしい葉と、赤や黄の色鮮やかな実を付けていたミニトマト。太陽の光をたくさん浴びた爽やかな酸味の果汁とほんのり甘い果肉で、毎朝私にささやかなエネルギーを与えてくれる生命が満ち溢れていた頃の姿とはまるでちがう。
 
枯れたミニトマトを見つめながらどうしたものか考えてはみるものの、対処方法がわからない。いや、魂の抜け殻のようなミニトマトを触るのが怖かった。茎を切って、根を引き抜いて、ゴミ袋に入れて捨てればよいのだろうか? 休みのたびにチャレンジしようとしたものの、なんだか心苦しくて、結局何もできないまま部屋に戻る。朝起きたら消えてなくなっていたらいいのに、など、身勝手なことも考えた。
冬を迎え寒くなるとさらに気持ちは遠のき、結局、枯れたままのミニトマトとともに春を迎えてしまった。
 
しかし、ある晴れた初夏の日に、ミニトマトは突然終わりを迎えることになる。
 
私の目の前には、発芽したアボカドの種があった。スラっと伸びた茎に、若々しい黄緑色の葉が光を求めてパッと広がっている。水を張ったペットボトルの容器に入れキッチンで育てていたが、水の中で伸びた根は、もっとたくさんの栄養を求めていた。大きく育てるためには土に植え替えなければいけない。
 
ベランダには、ミニトマトが枯れたままのプランターがある。
 
私は、枯れて茶色くなったミニトマトの茎や葉を、何のためらいもなくハサミでバチンバチンと切り、土をザクザクと掘り返し、根をスポッと引き抜いた。バラバラになった茎と葉と根をゴミ袋に詰め込んで、ギュッと袋の口を閉じた。
 
こうしてミニトマトはあっけなく終わりを迎えた。そして、ぽっかりと空いた穴に、茎と根を生やしたアボカドの種を丁寧に植えた。
 
講義の後、ミニトマトのことがちらちらと頭をよぎった。そして、仕事やプライベートで現在進行中の様々なことを思い浮かべ、それらの終わりを考えてみた。切ない気持ちになる。楽しんでいる途中に終わりなんて考えたくない。一方で、終わりを決めずにうやむやのまま途絶えてしまったものもあれば、いつまでもずるずると続けていることもたくさんあることにも気づく。
 
ミニトマトの終わりを決めたことで、アボカドの成長が始まったことを思い出す。
 
終わりは終点ではない。新しい何かの始まりでもある。きちんと終わらせることで、素敵な出会いがあるではないか。
 
最初から、終わりについて考え切ることは難しいかもしれない。けれども、これからはたまには終わりも考えるようにしよう。そうすることで、今の時間をもっと大切にできるような気がする。
そして、しっかりと終わりまで見届けることで責任を果たし、また、新しいスタートラインに立つことが許されるのだ。
 
そう思いながら、大きくなったアボカドの木に今日も水をやった。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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