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愛犬が教えてくれたこと


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記事:垣尾成利(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
誰かが悪気なく言い放った心無い言葉や、一瞬見せた曇った表情に傷付いたとしても、心の壁は薄くていいと思う。
 
乱暴に触れると簡単に破れてしまいそうなくらい、薄くて弱くて、扱い方には注意が必要だけれど、それでも心の壁は薄くていいと思う。
 
心の壁が薄いことは悪いことじゃないと、愛犬が教えてくれた。
 
小さい頃よくいじめられた。
近所の幼馴染みには皆兄弟がいて、私だけがひとりっ子。
 
遊んでいると誰かが言う。
「兄弟でチームになろう」
 
この言葉は私を仲間はずれにする合図だった。
 
こう言われる度に、強いショックを受けた。
強ばる表情を悟られないように静かにその場を離れて家に帰り、飼い犬のチェリーのところに行き、声を殺して泣いた。
 
チェリーは穏やかな性格のメスの老犬で、私が俯いて傍に座るときは、遊ぼう! と言わず、黙ってそっと、私に寄り添うようにくっついていてくれた。
 
静かに涙が頬を伝う。
嗚咽が漏れそうになる。
 
そんなとき、チェリーはいつも優しくて、泣いたことがわからないようにと、何度も何度も溢れる涙を舐めて拭い取ってくれた。
 
誰にも気付かれないように静かに泣きながらチェリーを抱き締める時は、いつもキューッと心が締め付けられた。幼かった私は声を殺して全身に力を入れて歯を食い縛って小さく震えていた。
 
震えているとチェリーの声が聞こえてくる。
固く閉ざした心の壁の外から、「悲しまなくていいよ、私がいるでしょう」とチェリーの温もりが語りかけてきてくれた。
 
ひとりっ子という、どうしようもない事実をネタにして仲間はずれにされることは毎回悲しかったけれど、チェリーの温もりを感じる時間はいつも嬉しかった。
 
何度も仲間外れにされる度にチェリーの傍で泣いて、温もりに包まれていた。
 
そんなある日、チェリーは突然虹の橋を渡った。
 
昨日まで元気だったのに、さっきまで優しく温かかったのに……
 
小学校三年生の時だった。
 
誰よりも一番仲良しで、誰よりも私のことを理解してくれていたチェリーは13歳で星になった。
 
初めて経験した身近な存在との別れはとても辛くて、泣いて、泣いて、泣いて、いくら泣いても涙は枯れることはなかった。
 
今までずっと、声を殺して泣いていたけれど、声をあげて泣いたのはこの時が初めてだった。
 
いつだって無条件に私を受け入れてくれて、どれだけ泣いても「強くなろう、泣いたらダメだよ」とは言わず、「好きなだけ泣いていいよ、全部受け止めるよ」と言ってくれていたチェリー。
 
チェリーの言葉だけは、どれだけ固く心を閉ざしても、心の壁の一番薄いところを通り抜けてきて、私の中でいつも響いていた。
 
チェリーのように優しい人になりたい。
 
お別れの涙がようやく収まった頃、私はそう思うようになった。
 
大人になってからも、相変わらず心の壁は薄くて弱いままの私は、ちょっとした言葉にも簡単に傷付くし、ちょっとしたことにも心が震えるような感動を受ける。
 
今は、さすがに泣かないけれど、心の中では幼い頃と変わらず声を殺して泣いていることも多い。
 
薄い壁を突き破って刺さってくる辛さや苦しみ、痛みに、独りで向き合っていかなければならなくなったのだけれど、なかなか上手くいかないままに40年の月日が流れてしまった。
 
でも、チェリーのようになりたい、と思った気持ちはずっと持ち続けていて、弱さは私の強みだと思えるようになった。
 
チェリーがいなくなってから、大人になってからも、度々犬小屋のあった自転車置き場の奥で、チェリーを思いながら語りかけてきた。
 
「チェリー、僕はまだまだ弱いままで、君がいてくれたらなぁと思うことが何度あったかわからないくらいたくさんあって、その度に君を思って隠れて泣いたよ。涙で濡れた床を拭きながら、心配をかけてごめんね、って何度も君に謝ったよ。
 
君がいないんだから強くならなきゃ、って何度も思ったけど、なれなかった。
でも、強くなれないまま大人になって、気付いたことがあったよ。
 
強くなくたっていい、ってことだ。
 
僕はずっと弱いままでいい、それでいいと思えるようになった。
僕は弱い。すぐ傷付いてしまう。
だからこそ、誰かの心の痛みにもすぐに気が付くことができる。
誰かの心の痛みを拭ってあげることはできなくても、一緒に痛みを感じることはできることに気付いたよ。
一緒に、痛いよね、って言ってくれる人がいるだけで、案外簡単に立ち直れるものだということは、君が教えてくれたことだったよね。
 
人の痛みを、自分のことのように感じすぎたり、同時にたくさんの人の気持ちが入り込んできてしんどくなることもあるけれど、心の壁が薄いからこそ聞こえてくる、誰かの心の声を聞こう、と思える人になったよ。
 
助けて、が言えないって、本当に辛いことだ。
その点では君がいてくれて、本当に幸せだったと思う。
 
大人になっても、声を殺して泣いている人は意外と多くて、僕の回りにもたくさんいる。
もっと、聞こえるように泣けばいいのに。
もっと、聞こえるように助けてって言えばいいのに、と思うけれど、実はなかなかできないものだということも知っている。
 
僕はその声を聞き漏らさない。
 
君のお陰で、僕は誰かの助けて……の声に気付こうと思える大人になれたよ。
だから、自分の弱さが一番の強みだって思えるようになったよ」
 
弱いから。心の壁が薄いから。だからこそ、人の気持ちの変化を敏感に感じ取ることができるようになった。そう感じている。
 
強いことが大事なんじゃない。
人の気持ちに気付けるようになることが大事なんだ。
 
それが、チェリーが教えてくれたことだった。
 
私の心は相変わらず頑丈ではない。
繊細で、すぐに傷ついてしんどいことも多いけれど、それでもやっぱり心の壁は薄くていいと思う。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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