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居酒屋・八幡屋本店は、とかく面倒くさいけど、そこがいい!

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:安藤英裕(ライティング・ゼミ)
 
 
「名古屋の人は、昼間っから酒を飲んでるわけ? 仕事もしないで。
さぞや余裕がおありなんでしょうねえ」
 
そんな嫌味が真正面に座るお得意さんから投げ掛けられた。
平日の正午前、隣の席では団体の客が昼間から宴会を始めていた。
名古屋駅から北へ徒歩10分の居酒屋「八幡屋本店」。飲ん兵衛の間でよく知られる名店だ。僕はしがない中小企業のサラリーマン。東京からのお得意さんが会議前のランチにも関わらずビールを引っ掛けながら名古屋めしを食べたいと言うので、この店を選んだ。
あなたも酒を飲むために来たんでしょ……そう突っ込みたいところを乾いた笑いで返す。すると、お得意さん、みるみるうちにご機嫌斜めに。
 
「メニュー見たけどさ、生ビールないの?
今どき、瓶ビールしか置いていない居酒屋なんて面倒臭えなあ」
 
確かに、この店はいくつか「面倒くさい」と感じられてしまうところがある。
ビールもその一つだ。大瓶オンリー。
ガラス扉の大きな冷蔵庫に入っていて、注文する度にそこから出され運ばれる。
仕事絡みだと、いちいち相手に注がなくちゃいけないのは面倒かも……。
でも、個人的には瓶ビールが好きだ。あの栓を開ける音がいい。
 
シュボッと。
あの音。シュボッと。
 
今どきは金具の小さな栓抜きもあまり見なくなったけど、あのシュボッとする儀式が
「ビール、これからいただきます!」と気分を高揚させてくれる。
 
瓶ビールで乾杯した後、料理を注文した。
品数は決して多くないが、どの料理もしっかり仕事をしてくれる。
まるでV9時代の巨人の打線を連想させるくらいに。
まず1番バッター・高田にあたるのが、味噌おでん。
王道の玉子やこんにゃくから、名古屋以外ではまず見ないピンク色の不思議な練り物・
赤棒も揃う。それが店先の大鍋でグツグツと煮られ、注文が入ればシュパッと出てくる。
細身で器用な高田さながらのスピーディーな登場が小気味好い。
2番バッター・柴田にあたるのは、串カツだ。
ソースはもちろん、おでんの大鍋にとっぷりと浸けて味噌でも味わいたい。
どちらも甲乙付け難いのがスイッチヒッター・柴田と似ている。
3番、ミスタープロ野球こと長嶋を彷彿とさせるのが、ネギマやとん焼きなどの串焼きだ。これ、店先でジュージューと焼かれる。
しかも炭火で。パチパチッと炭を鳴らしながら焼かれる様に、思わずうっとり。
長嶋の華麗な守備がファンを沸かせたように、ここの串焼きたちは呑ん兵衛の喉を鳴らす。
そして、最後は主砲の王。
世界のホームラン王に匹敵するメニューといえば、この店の看板、1本80円のどて煮だ。串に刺した豚のホルモンをこれまた味噌でグツグツと煮た名古屋名物。
ホルモンだから噛みきれないかもと言う心配は無用。口に入れるとヘタヘタとした食感を感じたら最後、あっという間に溶けて、後には甘いながらもさっぱりとした味噌の味が残る。このなんとも不思議な食感と味がクセになる。
名古屋市内にはいくつもどて煮を出す店はあるが、僕にとってはここのが一番。
まさに名古屋めしのホームラン王!
王さんのシーズン記録55本のホームランに負けじと、一度に55本を注文したいほどだ。
 
ただ。
ただ、その不動の4番も、ちょっと面倒くさい。
 
「おい、ここおしぼりないのかよ?」
 
口の両脇に味噌で一文字を引いたお得意さんが、またご機嫌斜めに声をかけてきた。
そう、串に刺された味噌ベッタリのどて煮は食べづらい。まるで、みたらし団子のように。最初の一口はいいとしても中盤から終盤にかけて、いかに口の周りを汚さないかが勝負。
でも、その美味しさに心を奪われると失敗してしまう。
 
それなのに。それなのにだ。
畳みかけるうように、八幡屋にはおしぼりはもとより紙ナプキンすら存在しない。
 
「どうすりゃいいんだよ。指も味噌でベタベタだぞ!」
 
持ち手部分にも味噌が垂れている。彼がうんざりするのもよく分かる。
そんな会話を聞いたかどうか、店員がやってきた。
 
「うちね、おしぼりはないけど新聞紙の短冊がテーブルにあるでしょ。
味噌が串に垂れるから、この新聞紙を1枚とって串に巻いてちょうだい。
そうすれば指に味噌はつかんで」
 
そう親切に教えてくれた。
テーブルに置かれた新聞紙の短冊。
クリスマスのチキンで言えば、白いコック帽子のような足先にちょこんと巻かれたアレ。
小さな紙切れなのに、それだけで随分と指先が汚れないアレと一緒だ。
聞くところによると、この新聞紙の短冊、大将のお義父さんが毎日コツコツと切り分けているらしい。そう聞くとなんだかいじらしくもあり、ありがたくもあり。
つい、「お義父さんの頑張りに報いたい」そんなよく分からない気持ちも沸いて、
どて煮を多めに注文してしまうこともったっけ。
 
「なんだか貧乏くせえなあ」
 
そうぼやきながらも、お得意さん、言われるままに串にくるり。
この作業が1本80円と言う庶民的な食べ物をなんだか特別なものにしてくれる。
だって、新聞紙でくるんで食べる物なんて、今時そうはないじゃないですか!
焼き芋だってちゃんとした専用の用紙に包まれる時代ですから。
 
そうして1時間ほど呑んでいると、満席になった。
 
「イタタッ。足が痺れた!」
 
イス席もあるが、ほとんどが小上がりの板の間。その上に座布団を敷き、あぐらか正座だ。最近は居酒屋でも掘りごたつ式の席が増えた分、正直、こうした席はツライ。
しかも、隣のテーブルとの距離が近いため、モゾモゾしていると隣の客に肩がぶつける。
これも、面倒と言えば面倒。でも、酔いがまわってくるとそうでもないんだなあ。
 
「あ、どうも失礼」「いえいえ、こちらこそ」
 
このちょっとの遠慮を交えた他人との会話も心地いいのだ。
 
気付けば忙しさに店員の手が回らず、客が自ら冷蔵庫から瓶ビールを出していた。
 
シュボッ。シュボッ。
 
新聞紙で器用に串をくるんで、どて煮を頬張る呑ん兵衛たち。
 
そうなんです。これなんです。
 
何においてもスマートになった令和の時代。何でも手間を省くことがよしとされ、他人とも必要以上の接触を避けるようになってきた。いいようでいて、ちょっと世知辛い世の中で、
この店の随所にある「面倒臭さ」と言う一手間が、時代の時計を少しだけ巻き戻してくれる。ちょっとした会話を生むきっかけを作ってくれたり……、
一つ一つにエッセンスをもたらしてくれたり……。
何もかもがスマートになった今だからこそ、そうした「面倒くささ」がいい味付けになって、居心地良くさせてくれるのだ。多くの呑ん兵衛たちも、きっとそれを求めて足を運んでいる。
 
いつしか、ご機嫌ななめだったお得意さんも上機嫌で瓶ビールの蓋を開けていた。
口にたっぷりとついた味噌を、あの新聞紙で拭いながら……。
 
 
 
 
***

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2021-01-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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