メディアグランプリ

愛媛みかんと一万円


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記事:野口桃花(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
※この記事はフィクションです
 
 
目の前にはビニール袋にたんまりと入った愛媛みかんと、一万円札。
あなたならどちらに目が行くだろうか。
あなたなら、先にどちらに手をつけるだろうか。
 
僕は一万円を選ぶ。その後にみかんも食べる。
バイトをしているとはいえ、所詮は金欠学生の身だ。食べたい家系ラーメンも、手に入れたいGUのマストバイアイテムもあるし、極めつけには分割払いで思い切って買ったパソコンの支払いだってある。そんな僕からすれば、一万円はまさに天の恵みだ。とはいえ、金欠学生(特に僕のような金欠男子学生)は得てして常にお腹も空かせている。だからきっと、一万円を財布にしまった後に、みかんも二、三個食べる。まあ、よほどのみかん好きか空腹状態でもなければ、大体の人も僕と同じように、一万円を先に選ぶだろう。
 
けれど、姉は違う。姉は一万円だけを選んで、みかんは食べない。
昔は好んでみかんを食べていたような気もするけど、今の姉の目にそれは映らない。
 
この愛媛みかんと一万円は、父からのバイト代であり、愛だ。
 
大晦日も迫ったある日、僕は実家の大掃除をするために帰省した。
現在そこに住んでいるのは僕の父ただ一人だけれど、もともとは二世帯で暮らすために建てられた家だ。いくら力仕事をしている父でも、一人の手には余る広さを有している。それを勘定に入れて、学生である僕は時々掃除のために実家に帰って、バイト代をせびるのだ。
 
僕の家は、普通の家庭とは少し違う。
父が家族に対して不義理を重ねていたことが原因で、現在は父と父以外とで分かれた別居生活にある。でも僕を含め、家族は父が嫌いなわけじゃない。仕方のない人だとは思っているけど、見限ろうにもいろんな感情がついてきてしまうから、それは難しい。多分そこには、いわゆる「愛」ってやつがあるんだと思う。難儀なものだ。
 
別居生活が始まってからそろそろ三年が経とうとしているけれど、こうやって頻繁に掃除……またの名を出稼ぎに行くのは、僕だけだ。姉も母も、一度たりとも実家には帰っていない。母とはそれなりに連絡を取り合っているようだけど、姉とはさっぱり連絡を取っていないらしい。
 
そのおかげとも言うべきか、僕は別居以前よりも父との距離が近くなった気がしている。
父と息子といっても、かつての僕らはキャッチボールをしたがるようなアクティブな人間ではなかったし、共通の趣味もなかった。だから取り立てて話すようなことはなくて、話す時間といえばせいぜい朝の洗面所でのほんの数分間だけだった。けれど掃除のために帰省し始めてから、父を知る機会が増えた。野球が好きで、車が好きで、鰻が好きな人だということを知った。
 
何より驚いたのは、父は想像以上に不器用な人間だったということだ。
その証明こそ、みかんと一万円だ。
 
掃除の手伝いをして僕にバイト代をくれるのは、まだ分かる。それは労働の対価だ。
けれど掃除をしない姉にもお年玉を(しかも僕を介して)渡す父は、不器用と言う他ない。しばらくコミュニケーションを取っていないから、きっと姉のことが分からなくて、お金や物をあげることでしか愛を示す術がないんだろう。
「じゃあこれ、お姉ちゃんに渡してやって」
そう言って帰り際に姉への一万円を僕へ預けた父は、僕と5センチも背が変わらないのに、なんだかひどく小さく見えた。
 
電車を乗り継ぎ県を超え、僕はようやく帰宅した。右手にビニール袋、財布には二人分のお年玉。姉の部屋の扉に手をかけ、そのまま開ける。
「ただいま」
「ノックぐらいして」
ベッドに寝転がってスマホを睨みつけていた姉は、デリカシーのない行動を咎めるような目でじろりと僕を見た。僕は適当に謝罪して、戦果の報告を始める。
「これ、みかん」
「なんでみかん」
僕が持つビニール袋を目にした姉は案の定、眉間にしわを寄せた。姉の言わんとすることも分かる。お年玉をもらいに行ったはずなのに、お前はなぜみかんを持って帰ってきているのか、と。そう言いたいのだろう。しかし話には順序というものがある。お年玉の話は置いておき、僕は父に聞いてきたことを話す。
「知り合いからもらったんだってさ。食いきれないからって持たされた」
「ふうん」
お年玉の話でないと分かるや否や、姉はスマホに視線を戻した。
 
弟ながら、姉は随分とこじらせてしまったな、思う。姉だって、きっと父が嫌いなわけじゃない。ただ接し方が分からないだけだろう。だけど父とあまりコミュニケーションを取っていなかったから、父が娘に向ける不器用な愛情には気づけない。「食いきれない」なんて言葉も不器用な愛の結果だけど、今の姉はそれに気づけない。
 
僕が報告を続けていても姉はずっとスマホを見ていて、話の半分も聞いているか定かではなかった。すると僕の話もそこそこに、姉はスマホの画面をタップしながら口を開いた。
「で、お年玉は?」
 
居間の机の上には、父が持たせてくれた愛媛みかんと一万円札。
姉は一万円札だけを財布にしまって、みかんは食べなかった。
けれどいつか、姉がみかんを手に取る日が来てほしい、と弟である僕は思うのだ。
 
 
 
 
***

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2021-01-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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