「私は大丈夫」は危険な罠
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記事:前田理香(ライティング・ゼミ日曜コース)
新型コロナウィルスの感染拡大が止まらない中で迎えた、今年のお正月。
私の住んでいる神奈川県は、毎日のように知事からの「外出自粛」のメッセージと共に、神奈川県内の病床キャパシティの限界予想日がLINEに送られてきていた。
これで危機感が湧かない訳がない。
毎年恒例の初詣も「幸先詣(さいさきもうで)」として参拝客が殆どいない年末に済ませ、デパートの福袋も初売りも諦め、年末年始はテレビ三昧と決め込んだ。
そんな中でも、箱根駅伝が開催されることは本当に嬉しかった。
感染拡大防止のため、初の無観客開催。
大学の応援団も、家族の応援も、同じチームのメンバーですら沿道で応援できない。それでも「中止」を避けるために主催側が最大限の努力をした結果だった。
ところがテレビの中継を見て驚いた。沿道で応援する人、人、人!
2日目の復路はもっとひどかった。前日の往路以上に幾重もの人垣。
中継車のテレビカメラに向かって、嬉々としてマスクを外して手を振る人。それも感染すると命に係わると言われている年配の方々だ。
「私は大丈夫」そう思ったのだろうか?
実はこの「私は大丈夫」は、自分にとって都合の悪い情報(多くの場合、危機的な状況のこと)を無視したり、「大したことではない」と思ってしまう人間の特性で、「正常性バイアス」と言われている。
私は、災害や事故、事件に巻き込まれたり、身近な方を突然亡くすといったショックな出来事を体験した方や、死にたい気持ちを抱えた方のカウンセリングと、組織支援を専門とするカウンセラーの仕事をしている。
ところがこの「正常性バイアス」は、私のような危機的状況の専門家ですら陥ってしまう厄介な代物なのだ。
「正常性バイアス」は、過度なストレスに対して心が疲弊しないよう、起きている出来事を正常な範囲だと思い、心の平静を保とうとする機能だが、災害に直面した場合でも、「自分は大丈夫」「これくらいは平気だ」と思わせてしまう。
特に、実際に見えないものや実感を持てない危険に対しては、より強いバイアスがかかってしまう特徴がある。
見えないウィルスに関して「私は大丈夫」と思ってしまうのもこのためだ。
専門家の私が陥った体験。それは数年前、関東に大雪警報が出た日のことだった。
約1時間の車通勤をしていた私は、夕方から雪になるという天気予報を知りつつ、「大雪になったら、車を置いて電車で帰ればいいや」と思い、いつも通り車で出勤した。
ノーマルタイヤだったため、この段階では、本当に車を置いて帰るつもりでいた。
案の定、午後には雪が降り始め、電車の遅延情報が出始めた。終業時刻には大粒の雪が激しく降り、寒さも一段と厳しくなっていたが、辛うじて道路に雪はまだ積もってはいなかった。
「どうしよう」迷いが出始めた私は、交通情報を検索しまくった。
まだ高速は閉鎖されていないし、一般道の渋滞情報も出ていない。
そこで私は、「車の多い道で帰れば、何とかなるんじゃないかなぁ」と思ってしまった。
そう「思ってしまった」のだ……。
多くの人も私と同じように考えたのだろう。職場を出て10分も経たないうちに大渋滞に巻き込まれた。1m進む間にも雪が降り積もっていく。
いつもの道は警察官が1台1台スタッドレスかどうか確認し、ノーマルタイヤは迂回させられたため、慣れない道を走ることになった。
気がつくとあたりは一面雪景色。道路には雪が積もり、人通りも車も少なくなり、反対に坂道に乗り捨てられた車が増えていった。
「これはまずいかも……」
一度スリップすると動けなくなることが容易に想像できる事態になって、ようやく自分の置かれている状況を把握はできたものの、ハンドルを大きく切るUターンは怖くてできない。もう職場に戻ることすらできなくなっていた。
なんとか自宅に辿り着いた頃には、3時間以上が経過しており、まさに身も心もヘトヘト。
お風呂に浸かり、ようやく人心地ついた私は「なんでこんな無茶をしてしまったのだろう?」と自問自答した。
結局は「まだ大丈夫」「多分なんとかなる」「大したことはないだろう」という「私だけは大丈夫」という根拠のない自信。「正常性バイアス」に陥ったからだった。
雪が解けた後、どこを通ったのか再現してみようとしたが、途中の道はほとんど覚えていなかった。恐らく感情や感覚が麻痺していて、運転にしか意識が向いていなかったのだろう。
事故を起こさなかったのは、本当にたまたま運が良かっただけで、絶対にやってはいけないことだったと猛省している。
では、専門家の私ですら陥った、この「私は大丈夫」という罠に陥らないためにどうすればいいのだろうか?
結論から言うと、人間の特性なので完全に防ぐ方法はない。
それでも「事前に行動のルールを決めておく」ということで、罠に陥る確率を減らすことができ、「周りもやっているから/やっていないから」と惑わされることも少なくなる。
「私は大丈夫」の罠は、人間なら誰でも陥りやすい罠だ。だからこそ、大切な人を苦しめたり悲しませたりすることがないように事前にルールを決めておくことが必要なのだ。
私は、積雪予報が出た日は、車の運転をしなくなった。
***
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