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やっぱり、これは無理だったのかも知れない


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記事:山田THX将治(天狼院・リーディング&ライティング講座)
 
 
「嗚呼、やっぱなぁ」
恐れていたことを目の当たりにして、映画館の座席で、私はマスクの中でこんなことを呟いてしまった。しかも、ファーストシーンで。
観ていた映画は『罪の声』。2016年に出版された、実際に起こった事件を元に書かれた“その後の物語的”小説が原作だ。
塩田武士・著の『罪の声』(講談社・刊)は、400ページを越す長編小説にもかかわらず大ヒットし、ベストセラーになった。実際、2017年の本屋大賞では3位に入っている位だ。
『罪の声』の面白さと、波及効果は半端なかった。何しろ、講談社とはライバル関係にある新潮社の有名編集者で、マスメディアの露出の多い中瀬ゆかり氏(通称、中瀬親方)は、全力を挙げて推薦していた程だった。
かくいう私も、中瀬親方の推薦を知り既知の書店で取り寄せて頂いた。しかし、人気本らしく一月半ほど待たされた。
 
やっと入手した『罪の声』を、私は一気に一晩で読み終えてしまった。実際の“グリコ・森永事件”が起きた時代を生きていた私は、当時のことが次々と頭に浮かんできた。
その時代と現代が大きく違うのは、デジタル化が全く進んでいなかったことだ。
現代ならカーナビで、身代金受け渡し場所周辺を直ぐに探られてしまう。ましてや、電話だって携帯なので受け渡し場所を変えるのも容易だ。その上、発信場所が直ぐに判明するので、逆探知の必要もない。
しかも、当時の録音はカセット等の磁気テープで行うものだったので、加工が出来なかった。現代なら、デジタル録音なので加工は写真と同じく誰でも簡単に加工出来るのに。
何とも現代は、誘拐犯にとって難儀な時代でも有るのだ。
 
この“グリコ・森永事件”にヒントを得た『罪の声』は、時代小説に分類される。以前、歴史小説家の谷津矢車先生から伺ったことによると、
「歴史小説は、史実を文字で描くかが腕の見せ所です。時代小説になると、史実を元にしていても、歴史的に調べられていないことを、フィクションでどう表現するかが勝負です」
と、仰っていた。
そうなると、小説『罪の声』は、代表的な時代小説となる。
36年前、実際に起こり不可解な人質解放となった、江崎グリコ社長誘拐事件と、その後に無関係だった筈の森永製菓脅迫事件は、事件当時、御菓子を食べられない子供達が可愛そうだとの意見が、マスメディアを賑わせたものだ。
それと共に、身代金受け渡し場所を指示する電話の声が、テープに録音された子供の声だったことも、大変話題になったものだ。誘拐・脅迫という卑劣な犯罪に、子供を巻き込む行為が、当時としては斬新だった。
しかも、加工が難しいアナログなテープ録音が、子供の声を使ったことによって、余計に捜査を混乱させたものだった。
子供の声が影響してか、“グリコ・森永事件”は未だに解決(犯人逮捕)に至っていない。しかも、誘拐された人質は生還し、身代金も奪われていないことから、人々の記憶も薄らいだ感じがするものだ。
 
小説『罪の声』は、題名通り脅迫電話に使われた子供の声が起点になっている。実際の事件当時は考えられなかったが、事件当時に子供であっても、元号が変わり世紀をまたぐと当然大人に成長する。現在、中年となっているであろう、テープに声を録音した子供は、どんな暮らしをしながら生きているのだろうか。
冷静に考えれば、事件を知っている誰もが『あ! そういえば』と思う事柄だ。
その“子供の声”一点から、著者の塩田武士氏は400ページの長編フィクションを生み出している。これは、驚異的なことだ。何故なら、当時を知るものなら誰でも、少し気を回せば気付きそうな観点だからだ。
 
勿論、『罪の声』の凄いところはこれだけではない。
何といっても、綴られるフィクションが秀逸で、しかも、文章が大変読み易く流れる様に読み進めることが出来るのも特徴だ。
これは以前、有るモノ書きの方に御聞きしたことだが、文章で表演する際、最も難しいのは音を自然に表現することらしいのだ。
その点、『罪の声』は、その名の通り‘声’が頻繁に出て来る。しかも、“グリコ・森永事件”当時を知る者なら、誰でも記憶の隅に残っている声だ。誰の記憶とも同調させることは、作家として最も力を試される時だ。
事件当時5歳だった塩田氏は、その難関を見事に突破してみせた。文章から私は、記憶している子供の声と寸分狂わぬ声が聞えてきた。
塩田氏は後書きの中で、“これは、子供を巻き込んだ事件なんだ”との思いを書き綴っている。1979年生まれの塩田氏は、丁度、録音テープの声の少年と同世代だ。思いが強いのはもっともだ。
 
『罪の声』は、子供の声だけでなく、普通の生活音も巧みに描いている。
冒頭の、私が映画館でふと声を漏らしたシーンでは、テーラー(仕立屋)の主人公が、スチームを使いながら生地にアイロンを当てているシーンだった。原作でも冒頭のシーンだ。
映画は観客に音を聴かせることが可能なのに、映画の『罪の声』のファーストシーンでは、別の効果音が使われていた。私は、残念でならなかった。
 
そこそこ評判が良い映画『罪の声』だが、私から見ると凡庸な映画としか思えなかった。何故なら、映画『罪の声』の面白い部分、プロットやサスペンスは、総て小説『罪の声』で塩田武士氏が、既に描いているものだったからだ。
映像や音といった、文章では描けない手法を持つ映画としての優位性を、全く有効に使っているとは思えなかったからだ。
私は正直、原作を読んだ時とは真反対の落胆した気持ちで、映画館の座席を立った。
 
なので、『罪の声』を小説でも映画でも未体験の方には、こうアドバイスしたい。
 
『罪の声』は、小説で読むに限ります、と。
これは、読書の何倍も映画を観ている私がいうことなので、信用して頂きたいものだ。
 
小説『罪の声』の面白さは、評判が良い映画『罪の声』の何万倍も在ります。
是非一度、徹夜覚悟で読んでみて下さい。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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