柔らかさと優しさと怒りと海と
*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:東ゆか(リーディング&ライティング講座)
上間陽子著『海をあげる』(筑摩書房)を読んだ。
読書生活の参考にしている書籍情報を紹介する雑誌で「プラチナ本」として紹介されていたことが、本書を手に取ったきっかけだった。雑誌の中で編集者8名が150字ほどで本書を読んだ感想を書いており、そのどれもが素敵な文章だった。「さすが書籍情報誌の編集者の人は違うなぁ」と思いつつも、文章の向こう側からどれだけ紹介者たちが本書によって胸を打たれたかが伝わってくるような文章だった。そしてその胸の打ち方というのが、片手でポンと押される感じではなくて、何かもっと大きくて重たいものに「ズドン」と押されたような感じであるように思えた。
本書の著者は沖縄在住・沖縄出身で、未成年の少女の支援や調査をしている上間陽子さんだ。『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』という暴力から逃げて暮らしていく少女たちへのインタビュー集が名著として話題になった著者である。人の話に耳を傾けながら、それを紡ぎ、伝えるということを生業にされている。
期待していた以上に、冒頭の第1編目から大きく心を掴まれてしまった。著者の離婚の話である。夫が4年間、隣の家に住んでいた著者の親友と不倫関係にあったというエピソードだ。著者の語り口は、不幸のどん底にいながらもどこか淡々としており、その淡々とした中に著者の心におった深い傷や怒りの描写が挿入される。淡々ーズドンー淡々ーズドンの繰り返して、本から目を離すことができなかった。
「(承前)『もともとは遊びだった。そこからはまった』と言われた。それからなんやんやこれまでのふたりが付き合い続けた理由を説明された。
でも私が聞きたいことはそういうことではなく、ごはんのことだった。なぜ私のつくったものを食べに来ていたのか。何を思いながらごはんを食べていたのか。日常生活に侵食して、人の善意を引き出すのはどういう気持ちなのか」
——日常生活に侵食して、人の善意を引き出すのはどういう気持ちなのか
というのは、本書の中に描かれる「怒り」の象徴の一文のような気がする。
本書には12編のエッセイが収録されており、そのどの章にも登場するのは著者の幼い娘だ。食いしん坊な娘との柔らかい日常の中が、柔らかい文体の中で綴られている。しかし、著者が暮らしているのは、あの「沖縄」だ。沖縄というと切っても切り離せないのが米軍基地問題だ。本書にも沖縄の基地問題に関係したエピソードや描写が登場する。米兵による犯罪、オスプレイの危険性、騒音問題と、沖縄における基地問題のやりきれなさは言わずもがなだろう。そんな悲痛な沖縄の現状は著者の幼い娘との柔らかく優しい日常の中に織り込まれている。基地問題だけではない。肉親から暴力を振られていた少女の話や、戦争で一族のほとんどを失ってしまった人の話。「怒り」や「やるせなさ」が込められている。そのどれもが、ふかふかの甘いシフォンケーキを食べていると思ったら、中にカミソリの刃の一片が紛れていて、思いがけず口の中を傷つけてしまったかのような衝撃を覚える。
どんな不幸な目に遭っても、直接不幸に遭わせた人に仕返しすることはできずに、それでも日常を送っていかなければならない。仕返しされないということが「善意」によるものなのだとしたら、その善意に甘え、他人の生活を脅かす対象に向けて、そこはかとない、やりきれない怒りが込められいる。
著者は人の心の声を聞き取り、伝える名人だ。私たち読者は、そんな悲痛な話を聞いて同情したり悲しんだりすることはあっても、直接的に関わりがあるわけではない。本を閉じてしまえば、他人の不幸話なんて忘れてしまうことができる。
しかし本書はそんな読者や、「沖縄」と聞くと、無条件に「観光地、海が綺麗、ソーキそばが美味しい」などというのんきなことしか思い浮かばない、あるいは思い浮かべようとしない人たちへ、確かな「バトン」を渡してくる。
著者と愛娘との幸せな日常と、沖縄やそこに暮らす人達の危機が織りなされた文章を読み進めていくと、どうしようもない気持ちになってくる。こんなにも訴えかけているのに、私はこの沖縄の現実を完全に忘れることなんでできるのだろうか。しかし忘れないでいたとしても、自分にはなにができるのだろうか。
本書の最後に、タイトルに込められた「海をあげる」の意味が語られる。本書を読んでしまったことで、確かに「海」を受け取ってしまった。しかし受け取ってしまった私はどうすればいいのだろうか。まだ答えは出ていない。それはこれから考えなければならない。
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