祖母はジャイアン
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記事:りお(ライティング・ゼミ日曜コース)
どこでもドアの扉を開けると、祖母が受話器を片手にソファでふんぞり返っていた。
「もしもーし! もしもーし!」
毎日のように私の母宛にくる電話。電話の内容は決まって、祖母の話したい事ばかり。
年に数回、私と母は祖父母の家に遊びに行く。日にちが決まると、早速祖母からの注文が飛んできた。「久しぶりにたこ焼きが食べたいから、駅で買ってきてちょうだい」もちろん買っていこうと心づもりをしていると、前日に「やっぱりたこ焼きじゃなくて鯛焼きが食べたいわ」と再び電話がかかってきた。
また、いつものパターンである。祖母は、気分がコロコロと変わるので、その度にこちらが振り回されるのだ。迎えた当日の朝、電話が鳴った。「やっぱりたこ焼きも食べたいから両方買ってきてちょうだい。あと、ケーキもね」年寄りのワガママというものだろう、祖母の願いを全て叶えるために、駅でたくさんの買い物をした。
「お腹いっぱいになったから、あとは持って帰ってちょうだい」
えええー!? ケーキはまるまる一個食べたものの、あれほど食べたいと言っていたたこ焼きは1個だけ、鯛焼きも半分で満ち足りてしまったらしい。自分を中心に世界を回しているとはこういうことなのか、と祖母を見るたびに思ってしまう。まさに、祖母はジャイアンだ。
そんなジャイアンのもとに小学校3年生の頃、1週間預けられたときがあった。春休みに母が手術で入院することになり、初めて一人で祖母と時間を過ごす。
前々から祖母のジャイアン話は母から聞いていたので、どんな生活が待っているのだろう、と緊張していると、初日からジャイアンポリシーが炸裂した。
「もう7時だから寝なさい!」
まだ7時ではないか……。お風呂から上がってすぐ、楽しみにしていたテレビを見ようとしていたのに。私は反抗することもできず、黙って布団の中に入る。その日から、見えないストレスが私の中に溜まっていった。
数日後、身体が突然痒くなりボリボリ引っ掻いていると、痛くなりだす。よく見ると、単なる蚊に刺されではなく蕁麻疹が出ていた。祖母にこのことを報告すると、「きっと今日の昼食の弁当がいけなかったんだわ!」と言い、目の前で夕飯のために買っていた弁当を捨ててしまった。さらに、次々と冷蔵庫のものを捨てていく。疑わしき食材は罰していった。おやつに食べるのを楽しみにしていたフランクフルトまでゴミ箱へ。なぜか痒さがどんどん増していった。
人生であれほど長い1週間はなかったのではないか。痒み止めを塗りながら過ごした祖母との生活も、やっと終わりを迎え、退院した母と再会した。
「お母さんはよくおばあちゃんのもとで、ぐれずに育ったね」
小学校3年生の私が抱いた1週間の感想。母は「本当よね」と爆笑していた。
祖母のペースに巻き込まれ疲労困憊だった私は、春休み明けから通常の生活に戻り、安堵の気持ちでいっぱい。いつの間にか、蕁麻疹も出なくなっていた。
社会人2年目。仕事や人間関係で思い悩むことが増えていた。度重なる不安やプレッシャーで職場に行く足取りが重くなっていたが、真面目な私は休む選択肢などない。人にも中々相談できず、精神的ストレスを身体の中に溜め込んでしまっていたようだ。気づいたら久し振りに蕁麻疹が発生。
かゆいかゆいかゆい……! でも掻くと痛い……!
蕁麻疹の箇所がどんどん繋がっていき、身体にぷっくりと日本地図ができていく。
蕁麻疹と付き合う生活が続いていたある日、祖父母の家に遊びに行く機会があった。ストレスとは無縁のように思える祖母に、ふと、新卒2年目はどう過ごしていたのか聞きたくなった。
「おばあちゃんは昔からのびのびと生きていたの?」
「私はね、昔はとても真面目人間だったのよ。のびのびなんかしていなかったし、融通も利かなかった。だけどね、社会人2年目の時に、ずっと気を張っていたせいで身体を壊したの。その時に気づいたわ。真面目人間なんてやめてやる! って。もっと自分を愛しながら好きなことをして生きていきたいと思ったの。その後、結婚をして会社は4年で辞めてしまったけれど、あの時、頑張って頑張って糸が切れてしまったあとに、変わりたいって前を向けたから、今、私は自由に生きられているわ」
意外だった。ジャイアン姿の祖母しか見たことがなかったので、まさか自分と同じ真面目人間だったなんて。
私も変われるのかな。
正直、自分の真面目さや融通の利かなさに嫌になっていた。人の目を気にして自分の気持ちを優先できないことや、自分の意見をはっきりと言えないこと。ずっと真面目に生きてきたし、中々変われないのではと悲観的に思っていたけれど、祖母の話を聞くうちに、自分が変わりたいと強く思う気持ちが、何かを動かす気がした。
近くにロールモデルがいること。人生の先輩がいること。その指針が自分の人生に希望をもたらしてくれる。絶対に無理だ、変われない、そう決め込んでしまいそうになっても、先を歩く誰かが、振り向いて大丈夫だよと声をかけてくれる。その希望の光が、私にとっては意外にも、祖母だったのかもしれない。
ジャイアンまでにはならなくても、野比のび太の名前のように、のびのびと生きていく一歩を私は踏み出し始めた。
***
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