一重まぶたのカレー
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:佐川 憲子(ライティング・ゼミ日曜コース)
昨夜、呑み過ぎたせいか、いつもの倍はまぶたが浮腫んでいる。
どうせ後からまぶたに溜まった水分が、涙や鼻水となって出てくるのだ。
私は手早く化粧を済ませ、ごまかしの眼鏡をかけて家を出た。
幼い頃、ジェニーちゃんという着せ替え人形でよく遊んだ。
泡風呂に見立てた洗面器でジェニーちゃんのカラダを洗いながら、大人になればジェニーちゃんのように、今はぺしゃんこの胸は膨らみ、ぽこんとした蛙のようなお腹は引っ込むのと一緒に、この一重まぶたもパッチリお目目になれると思っていた。
なのにオカシイ。
胸は膨らみ、お腹は、まあ少しは引っ込んだものの、ナイフで描いたような一重まぶたは、幼い頃のままである。
日本人の一重まぶたと二重まぶたの割合は7:3らしいが、父も母も洩れなく7割の方に入る。そんな二人の血を、第一子である私は、特に濃くひいてしまったようだ。
この一重まぶたで良かった、なんて思えたのは、自転車に乗っていてカナブンが目に激突してきても、平気だった時くらいだ。
いや、そうでもないか?
学生時代、異様にモテた時期があった。
当時付き合っていた彼の家に向かうのに、乗り継ぎで京王線の分倍河原駅をよく利用していた私は、ホームで電車を待っていると、「どこに行かれるんですか?お茶でも一緒にいかがですか」と声を掛けられた。
農業系の学校に通っていて、フランスにファームステイに行った際も、研修の合間にパリの街を一人歩いていると、「写真、お撮りしましょうか?」「日本人ですか?案内しましょう」と、ここでも声を掛けられた。
私とは対照的な、クリクリっとした瞳は思慮深く、真っ白い歯をしたインド系の方ばかりで、皆優しかった。
なぜインド系の方が多かったのかわからないが、付き合っていた彼にもこのことを話すと、
彼曰く、仏像のようなその一重まぶたにやられたんだろ、とのことだった。
一重まぶたも、満更悪くないものである。
その彼と結婚したのだが、結婚生活11年でピリオドを迎えてしまった。
離婚すると決まった時に、彼から言われた言葉が
「もう、君の作るカレーは食べられないんだね」
だった。
カレーぐらい作って別れてやるわよと、鍋一杯にカレーを作り、冷凍庫にストックを詰めて出てきたが、そういえば彼と結婚する前、デートで中島みゆきのコンサートに行ったことがある。
なかなか取れないチケットを取ってくれた彼へのお礼にと、当時、色んなカレーを作るのに凝っていた私は、その日もお肉以外の具材は全てすりおろし、具材の水分だけでコトコト煮込んだ、ちょっと手の込んだカレーを作った。
夜7時からのコンサートの前に、軽くお腹に入れてから出かけようということになった。
好物のカレーの匂いに嬉々としている彼に、お皿に盛ったカレーを出すと、彼は一瞬、ん?という反応をしたが、美味しい美味しいときれいに食べてくれた。
私も一緒にカレーを食べて出かけたのだが、途中でなぜか私だけお腹が痛くなり、コンサート会場近くの喫茶店のトイレに駆け込んだ。
店員さんに、「お客様、もう閉店しますよ!」と激しくドアをノックされるまで、彼を店の外で待たせ、脂汗をかきながらトイレで唸っていた。
店員さんに平謝りに謝り、お店のトイレを後にし、痛いお腹を押さえつつ会場までダッシュした。
コンサートにはなんとか間に合ったのだが、気もそぞろとはこのことである。
彼女の魂のこもった低音が、お腹に響くのだ。
最後まで耐えたものの、漏らすのではないかと、せっかくの中島みゆきの歌がまったく入ってこなかった。
結婚後、笑い話としてこの話はよく引き合いに出されたが、彼がジャガイモや人参がごろごろ入っている「普通のカレー」が一番好きだとわかってからは、それしか作っていない。
振り返ってみると、切り捨てたいほど嫌いだった一重まぶたは、他の人からするとチャームポイントであり、色々作ったけれど結局、私の作る普通のカレーが一番と言ってくれる人がいた。
自分がつまらないと思っていた普通は、意外と色鮮やかな個性だったりするのかもしれない。
仕事でタクシーを利用することが多く、いつの間にか馴染みの運転手さんができた。
運転手さんは目的地に着くまで、毎回奇想天外な話を聞かせてくれる。
こう何度も顔を合わせていたら、いい加減ネタが尽きるだろうと思うのだが、話は尽きない。
私はすっかり彼のファンで、密かにタクシー界の “喪黒福造” と呼んでいた。
目的地が近づいてくると、運転手さんは決まっていつも、最後をこう締めくくる。
「私ねぇ、思いますけどもね。この歳になるまで色んな経験して、色んな人に会ってきましたけどもね。何が一番面白いって、普通に生きてる人なんですよ」
タクシーの支払いを済ませながら、時折、バックミラーに映る我が一重まぶたの人生も、なかなかオツなもんだと思うのである。
***
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