メディアグランプリ

美文字マスターへの険しい道


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:棚橋 愛(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
今夜も私は足早に家路を急ぐ。
 
新型コロナウイルスの感染リスクを回避するためでもあるが、それとは別に理由がある。
家で私の帰りを待ち構えているのは、ペン習字の課題。
課題を練習して、提出締め切り日までに清書をしなければならないのだ。
 
2020年7月。私はペン習字の通信講座を始めた。
その目的は、自分の書く文字に対するコンプレックスを解消したかったということだ。
 
もともと10代の頃、近所の書道教室に通ってせっせと鍛練を積んでいた。
けれども、教室通いを辞めたとたんに文字が乱れ始め、文字の癖も強くなってしまった。
だから職場で伝票を書くときや、クレジットカードを使ったときにサインを書くとき、大切な人へのバースデーカードを書くとき……などといった場面でいつも、自分の筆跡にがっかりしていた。
私の字はまるで、紙の上に糸くずが散らばっているようなものだった。
 
このままではダメだ!と思い、書店で購入したいわゆる「美文字テキスト」系の書籍を開き、「あいうえお」から書き取りの練習を始めたことはあったが、すぐに飽きて長続きしなかった。
 
そんなある日、通信講座を受講することを思いついた。
これだったら毎月課題を締め切りの日までに提出する必要があるので、サボらずに練習する習慣がつくし、さらに提出した課題は先生が添削してくれるので独学よりも上達しやすいというメリットもある。
しかも世間はコロナ禍でステイホームが推奨されるようになっている。家にいる時間が長くなるので、練習する時間は多く確保できそうな状況だった。
 
そして私はいそいそと申し込み手続きを済ませた。あとは教材一式が手元に届くのを待つだけだ。
教材が届くまでの間、悪い癖が出てしまった。それは妄想癖とでも言えようか。
「通信講座を始めた途端、みるみるうちに上達し、すっかり美文字マスターになりました。コンプレックスも消え、すっかり文字を書くことに自信がつきました」とどこかで語っている近未来の自分の姿を想像し、ニヤついている自分がそこにいた。
 
そんな私のもとに、遂に教材一式が到着した。
いよいよ私も美文字マスターへの第一歩だ! と意気込んだ。
早速教材が入った箱を開封し、机の上にテキストとノートを広げてペンを動かした。
 
ペンはなめらかに滑る……はずもなく、紙の上を這うようにして動いた。無駄な力が入って手がまったく言うことを聞いてくれないのだ。
だから紙の上に現れた文字は、美文字とは程遠いものだった。
私はがっかりした。こんなはずではない! と。
お手本を見ながら時間をかけて丁寧に字を書けば、それなりの出来になると思っていたし、10代の頃の勘もすぐに戻ってくるだろうとも思っていた。しかし、世の中はそんなに甘くなかった。
 
このままでは美文字マスターになることが私の脳内での妄想だけで終わってしまう! と危機感を覚えた私は、毎日必死に練習をするようになった。妄想したことを現実のものとするために。
テキストの手本を見ながら何度も何度も繰り返し練習し、締め切り日の直前になんとか清書が完成した。
書き上げたその瞬間、私はその場にへたり込んでしまいしばらく動くことができなかった。ペン習字の清書は、気力も体力も想像以上に消耗するのだ。
 
しばらくしてからペン習字講座の事務局から封筒が届いた。
中からは、赤ペンで真っ赤になった私の清書が出てきた。しかも、そこには大きな五重丸が付けられていた。
先生からのコメント欄にはこう書かれていた。
「おだやかで落ち着いた書きぶりです。丁寧に学んでいます」と。
私の努力は報われたのだのだと安心した。この調子で練習を続けていけばいつか美文字になれるとも確信した。
 
その後も日々の練習は続いたが、遂にある日、書く手が止まってしまった。
毎月提出する課題の出来栄えによって、級位が認定されるのだが、数か月間にわたって昇級できない状態が続いたのだ。
昇級するには前回よりも上達している必要があるのに、その場で足踏みするだけで全く成長できない状態になってしまった。
次第に嫌気がさすようになり、そしてとうとう、私のペンが止まった。
 
やっぱり通信講座も続かなかった……と自己嫌悪に陥っていたが、数日後またテキストを開いて練習を再開するようになった。
そのきっかけはぼんやりとInstagramを眺めていたときに目に飛び込んできた、美しい手書き文字の投稿だった。
ある美文字インスタグラマーの女性が偉人の名言を手書きしたものだったが、それを見て私は居ても立っても居られなくなった。
最初に私が妄想していた、将来の自分の姿がそこにあったからだ。
 
彼女の投稿をいくつか読んでいると、私と同様にスランプに陥ることもしばしばあると書かれたものがあった。それでも投げ出さずに練習を続けたから、今の自分がいるのだとコメントしていた。
 
私も、もうちょっとだけ続けてみようかな。それでもアカンかったら辞めたらええやん、と思ってまた書き始めたところ……不思議なことが起きた。
あれだけ動きがぎこちなかったペンが、スルスルと走るのだ。
 
「上手に書かねばならない」という気負いを捨て、「アカンかったら辞めてもいい」という気持ちでペンを手にしたから、無駄な力が抜けたようだった。
 
気が楽になったおかげで、書くことが楽しい!と心から思えるようになった。
だからまた、夢中になって毎日書き続けた。
その結果、私は2か月連続で昇級した。
 
日常生活においても、前よりも少しだけ自分の文字に自信が持てるようになった。まだ人に自慢できるような文字ではないが、糸くずよりはマシになったような気がする。
 
そしてまた妄想した。美文字マスターになって自分の手書き文字をせっせとInstagramに投稿している自分の姿を。
これが妄想のままで終わらせないように、私は今日もいそいそと家に帰る。
次の課題を練習するために。
 
 
 
 
***

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2021-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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