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ただのバナナが、海外でのボッタクリに遭いそうになった私を助けた話。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:曽屋由香里(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「70dh(ディルハム)だ」
 
目的地に着いた途端、タクシーの運転手が言ってきた。
私は呆気に取られた。
さっきまで、彼とは楽しく話していたのに……。
 
そう、これはまさしくボッタクリだ。私は今、ボッタクリに合っている。
なぜ、こんな状況になったのか?
数分前に時を戻そう。
 
私はモロッコにいる。
モロッコと聞いて、ピンと来ない方もいると思うので少し説明しよう。
 
アフリカ大陸の左上に位置していて、イスラムの国のひとつだ。
北アフリカの先住民族のベルベル文化、アラブ文化、ヨーロッパ文化が混ざり合った、中東とはまた少し違ったエキゾチックな雰囲気が漂う。
 
言語は主にアラビア語とフランス語。
通貨はdh(ディルハム)。
 
有名なサハラ砂漠に、インスタ映え間違いなしの青い町のシャウエン、革のスリッパのバブーシュ、カワイイたくさんのモロッコ雑貨、美味しいタジン料理にクスクス、セレブ気分を味わえるリヤドと呼ばれる宿、高級なアルガンオイルの産地でもある。
旅人はもちろん、オシャレ女子にも注目の旅行先だ。
 
そんな魅力がたくさん詰まったこの国を、世界一周ひとり旅の目的地から外すわけもなく、私は今訪れているのだ。
 
モロッコのスーク(市場)では買い物の際、値段の交渉をする文化がある。買い物の時あらかじめ相場を知っておかないと、売り物に値札がほとんどついていないので、旅行客はぼったくられやすい。
特にタクシーの利用はメーターのないタクシーの方が多いから、事前交渉は必須で、乗る時は注意が必要だ。
 
この日はマラケシュと言う街から、エッサウィラという街まで移動する日。
宿からからバスターミナルまで、徒歩1時間ほどかかる。
午前中とはいえ、40℃以上の気温の中、20kgの荷物を背負って歩くなんて、自殺行為に等しい。
仕方がないので、タクシーを利用する事を決め、宿のスタッフに相場を聞き宿を出発した。
 
タクシーを見つけ、気合を入れて交渉にのぞむ。
この時には、値段交渉にも随分と慣れてきていた。
 
「バスターミナルまで行きたいんだけど、10dhでOK?」
 
「OK! OK!」
 
運転手は、せっせと私の荷物をトランクに放り込む。
 
なんか、この人適当な気もするけど……。でも、OKって言ってたし信じても大丈夫かな?
 
少し不安を持ちつつタクシーに乗り込んだ。
バスターミナルに行くまで、たわいもない会話を交わす。
 
「朝ごはんは食べたのか?」
「まだ食べてないよ。だからこのバナナ、あとで食べようと思って」
「いいね。俺もお腹すいたよ」
 
なんて話しをしていたら、目的地に到着した。
 
「17dh」
 
あー、やっぱり吹っかけてきたな。まぁ、これくらいならいいか。
 
そう思って、私は17dhを差し出した。
怪訝な顔をして首を横にふる運転手。
 
「セブンティ、70dhだ」
 
……で、初めの場面に戻るのだけど。
 
相場の7倍は吹っかけすぎでしょ!? さすがに払う気ないわ!
と勢いに任せて言いそうになったが、心の中で叫んだ。
なぜなら、モロッコ人はとても声が大きい。前に街で、おじさん同士が大声でケンカをしていた場面が脳裏に蘇ったから。
いくらこっちが正しくとも、あんな大声で怒鳴られたらと思うと、とてもじゃないが勝てる気がしない。
 
だからと言って、全額払う事はしたくない。
節約の旅人には痛い出費になる。ならば値下げの交渉に持ち込むしかない。
負けられない戦いの始まりだ。
 
「70dhは正規の値段だ。ここにも書いてあるだろう? 俺は間違った事は言ってない。早く支払え!」
 
窓のシールを指しながら言ってくる。
 
「払わない! アラビア文字読めないから、なんて書いてるかわかんないけど、相場が10dhって知ってるし。それに乗る前に10dhでいいか尋ねたら、あなたOKって言ったじゃん!!」
 
できるだけ落ちついて切り返す。
 
15分後。
 
「だーかーら、払わないよ! 高すぎる!!」
 
「70dhだ。高くない!!」
 
言い続けたら折れるかと思ったけど、相手も私も一歩も引かない。
もはや交渉ではなく、子供のケンカのようになっている。
バスの時間も迫ってきたし、早く切り上げたい。
さて、どうしようか?
 
ふと右手に握りしめているものに気がついた。
バナナだ!
 
「ねぇ! いいアイディアがある。お腹すいてるんだよね? このバナナあげるから、30dhにしてよ! 残りはバナナで40dh!!」
 
ニコニコしながら、突然あらぬ方向から交渉し始めた私に、声を荒げ始めていた運転手は一瞬ポカンとした。
 
「ね! 決まり!! 30dhとバナナで40dh! はい、OK!!」
 
無理やりバナナと30dhを押し付け、満面の笑みで
 
「シュクラン!!」
 
と言うと、運転手は
「何言ってんだ、こいつは」と言いたそうな顔で、でも笑いながら
 
「ははは。OK、シュクラン」
 
と返してきた。
ちなみに《シュクラン》はアラビア語で《ありがとう》だ。
 
今回私は朝食にと持っていた、ただのバナナが武器となり、負けられない戦いに勝ってはいないけど、高額に言われたぼったくりの値下げに成功した。
 
私の場合、半年の旅の間、無駄遣いできない事もあり、物の扱いは丁寧にしていたし、人との繋がりも積極的に持っていた。
そのおかげか、バナナ以外にも予想しないモノで助かった事が何度もあった。
飛行機の隣の席の人、たまたま仕入れた情報、いつもなら捨ててしまう穴の空いた靴下の片割れとか。
 
今後の人生でも、特にこれが人の場合、自分の出会った中の何人の人がそうなるかわからないけど、いつかどこかで助け合う日が来るかもしれない。人との関わりを積極的にし、自分と関わってくれる事に感謝し、どれだけ大事にするかで、その人数は格段に変わるだろう。
 
世の中、自分がピンチに陥りそうになった時、一見すると、関係の無いと思う意外な事・物・人が自分を救う救世主になり得ることも十分にある。
 
ちなみに、1dhは日本円で約12円。
彼にあげたバナナの金額を計算してみる。
「約500円のバナナってどんだけ高級だよ!」
とひとり突っ込んでマラケシュの街をあとにした。
 
 
 
 
***

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2021-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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