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犬は守護神となる

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:五勝出修(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
初めての体験だった。
それはまだ僕の髪の毛が黒々として、肌も艶々と輝いていた大学生2年生の夏だ。
東京の大学に進学した僕は、その夏帰省していた。
ちょうど辺りが暗くなる夕刻、実家のリビングのソファでうとうとしていた僕は突然動けなくなった。動けなくなる直前に、近所の犬達がいっせいに吠えたのを覚えている。
隣にいる弟の方を向くこともできず、声を出そうとしても、目を開けることも出来ない。
「金縛りだ……、誰か、助けてくれ……」
呼吸はできるし周りの音や雰囲気もわかる、ただ体をピクリとも動かすことができず、視界はモヤがかかったみたいにぼんやりとしている。
その時、僕の頭の上から僕の顔を覗き込む影があった。
一瞬恐怖でさらに体が固まったが、そんなに悪い感じはしない。
その影の鼻は長く、シルエットは犬の顔だった。
しばらく僕の上から顔を見ていた影がスッと消えた瞬間に体が動いた。
 
大急ぎで隣の弟に「金縛りじゃ、兄ちゃん金縛りにあっとったで、なんで助けんかったんな〜」と詰め寄ると、「普通に気持ちよさそうに寝とったで」と。
母にそのことを話すと、「ああそれはエスじゃ、今日はエスの命日で。きっとあんたが帰省したのを知って会いに来たんじゃろ」というではないか。
 
エスとは僕が小学校から飼っていた柴犬の雑種で、1年前に亡くなっていた。毎朝の散歩が僕の役割で、10年以上一緒に暑い時も寒い時も歩いた。
歩きながら、色々な話をした。と言っても僕が一方的に、話しかけるだけなのだが。見返す静かな瞳は、不思議と僕の気持ちをなだめてくれたのを覚えている。
後にも先にも金縛りを体験したのはその一回だけである。
 
それから30年、僕は東京で家庭を持ち、それなりに忙しく働いてきた。
子供もいたし、犬を飼うなどという気持ちも余裕もなかった。
そんな時、近所のギャラリーで「ショーンタン」という絵本作家の作品に出会う。
独特の世界観を、見たこともない色彩で描き出す。
そのギャラリーで「内なる町から来た話」という絵本を購入した。
25話からなるその絵本は、様々な動物と人が時空を超えて描かれている。
その中の「かつて、わたしときみとはまったくの他者だった」という話を読んで犬を飼おうと思った。これは大昔、人と犬が出会い、輪廻転生を経て再び出会う物語だ。言葉少なに、人と犬との結びつきを20ページの素晴らしい色彩で描いている。
 
この絵本の話を読んで、田舎の母に電話をした。
母が昔飼っていた犬の話をもう一度聞きたかったからだ、その犬と同じ犬種が飼いたかった。
 
母が生まれ育ったのは、岡山の北部に位置する小さな村だ。
農家と畜産を生業としている家で、母は8人兄弟の末っ子だった。
畜産の仕事の関係で、数種類の犬を何頭か飼っていたそうだ。
その中のリーダー的な犬が甲斐犬のタロウで、母にすごくなついていたと言う。
女学生の母はバスで通学していたのだが、バス停までは家から坂を下って10分くらい歩くことになる。この犬は繋がれていなく、家畜を追う時以外は自由に暮らしていたようだ。朝は母がバス停に向かう道を先導して歩き、バス停で母が乗るバスがカーブを曲がり見えなくなるまでちょこんと座り見送っていたらしい。
帰りは母が乗るバスがわかっていたのか、母の到着前にはバス停で座って待っていたという。母がバスから降りてくると、朝と同様に母の前を先導して坂を上がっていくタロウは近所で評判の忠犬だったらしい。その送り迎えは、母が就職して会社に通う様になっても同様であった。
 
タロウの平穏な毎日は母の結婚で大きく変わることになる。
当時の結婚は今のように自由な感じでなく、嫁いで行ったらいつ実家に帰れるか分からないといったものだったらしい。母の嫁ぎ先もやはり農家で、働き手としての嫁はなかなか実家に帰れなかった。
母のいなくなったタロウは、母以外になつく事はなかった。心を閉し、近寄る人に誰彼構わず噛み付くようになる。当然のようにタロウは綱で家の奥に繋がれ、自由を奪われてしまう。
主人と自由を失ったタロウは、次第に元気をなくし半年後には亡くなってしまった。
母がタロウの死を知ったのは、タロウが死んで半年以上経ってかららしい。
甲斐犬は一生で一人を主人と想い、慕う犬種である。
 
ちょうど我が家は、子供たちが独立し妻と二人の生活が始まったところだった。
二人の生活は落ち着いたものだったが、話題がないし日々の刺激がない。
ここぞとばかりに母の話を持ちだし、いかに甲斐犬が素晴らしいか、どんなに飼いやすいかを話して説得に入る。幸い妻も犬は嫌いではないが、室内犬しか飼った事がなく大きい犬は嫌だという。実はその時僕もYouTubeでの動画で見たぐらいで、実際の甲斐犬に触れたことはなかった。
 
ペットショップに甲斐犬は売っていなく、ブリーダーを調べていると川崎に犬舎があった。
さっそく連絡して会いに行く。川沿いの広場で待っていると、コワモテのブリーダーさんが2頭の甲斐犬を連れて現れた。デカイ……そして怖い……。その2頭は甲斐犬のオスで、筋肉隆々の体躯を持ち他者を圧倒する迫力を持っていた。コンクールに何度も入賞しているすごい奴ららしい。
これは無理だ、家の中でこいつらと暮らしている姿が想像できない。まして妻は絶対に許してくれない。素直にそう言うとブリーダーさんは、「なんだ、だったらメスにしなよ」と「ちょうどメスの小型のやつの子供が来月産まれるから、メスがいればそれを連れて行きな」「家にいるからおいでよ」の言葉に家につい ていく。出迎えてくれたのは猛々しいオスとは違い、人懐っこいつぶらな瞳をもつ甲斐犬であった。
 
2月後、その甲斐犬の子供が我が家にやってきた。モモと名付けたその娘もはや7歳となる。
毎朝夕の散歩が僕の日課だ。
一緒に歩きながら、僕はモモに話しかける。
かつてエスに話しかけていたように。
おそらく母がタロウに話しかけていたように。
 
 
 
 
***

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2021-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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