メディアグランプリ

私は、セダンを背段だと信じていました 


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記事:喜多村敬子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
春のぽかぽか陽気の昼下がり、市営バスに高校生の私は乗っていた。
乗客は数人のみ。幼稚園帰りの男の子とその母親の話が後ろの席から聞こえてきた。
 
男の子が聞く「あの鯉のぼりは何?」
 
私が住んでいた地方都市の郊外には水田が点在し、昔からの家々は広かった。
そういう家の庭にはバスと同じぐらい長い鯉のぼりが、二階の屋根よりも高く竿の先で風に泳いでいるのがありふれた風景だった。そのような車窓から見えるある家の鯉のぼりのことを男の子は聞いていた。
 
母親の説明が聞こえてきた。
「一番大きいのが、お父さん鯉のぼり。その下のちょっと小さい赤いのがお母さん。
その下の小さくて青いのが子供」
もう一つの、背中に金太郎がしがみ付く姿が描いてある、かなり古めの黒い鯉のぼりの事を男の子は聞く。
「お父さん鯉のぼりの上のは?」
「あれはね、おじいさん。おじいさんは年を取って背が縮んじゃったから、
お父さんより小さいの」
「背中の男の子の絵は?」
「おじいさんはね、昔ヤ〇ザだったから、背中に彫り物があるの」
「ふーん」と純真な子供。
 
「ヤ〇ザ」? に「彫り物」? こちらは予想外の説明に笑いをこらえる。
振り返ってどんな楽しいお母さんか見てみたかった。出来過ぎの実話である。
私の両親は子供が真に受けそうなほら話はしなかった。だから、母親がほら話を幼い子にするんだということにもびっくりした。この子はこれを何歳まで信じていくんだろうかと思った。
 
その時分、愛車はスカイラインの叔父が私に教えてくれた。
「知ってるかー、セダンは、背中が段々だからセダンって言うんや」
「へえー、そうなんだー」と私は一つ賢くなったと思った。
だが、その後、大学の英文学のクラスで、セダンは元々は馬車の種類だと知った。
セダンは「背段」ではなく、‘sedan’だったのだ。あの鯉のぼりの子と私は、同じではないか。
人に「背段」と説明して恥をかく前に分かって、良かった。確かに、叔父の説明は分かりやすく覚えやすかったが。すぐに叔父に文句を言う機会はなく、そのまま忘れていた。
 
人懐っこいその叔父はそれから15年ほどして、60代で亡くなった。しばらくして、ふと、叔父は「背段」だと本当に思っていたのではないかと思った。叔父の兄たる私の父と、弟であるもう一人の叔父に尋ねてみた。「私はからかわれたのかな、それとも、おじちゃんは本当にそう思っていたのかな」と。根拠は不明だが、「あの叔父なら本当にそう思っていたに違いない」と二人とも即答した。本人がもういないので、本当の事は確かめようもない。だが、そんなことは問題ではない。私にとって大事なのは、これがちょっと笑える叔父との楽しい大切な思い出になったことだ。
 
そういう自分も母親になって、子供たちが小さかった頃、ほら話をした。
 
お風呂から出て、パンツも履かずにいつまでもすっぽんぽんでいる子供たちに言った。世にも恐ろしいお尻パックンというのがいてね、好物の子供のお尻にパックンとかみつくよと。お母さんが小さい時に見たよ。後ろに何かいるので、パッと振り返ったら、真っ黒い丸いのがサッと走っていくのが見えたよ。背中としっぽしか見えなかったよ。このぐらいの大きさだよと。
 
二人とも怪訝な顔をしていたが、心配になったらしくパンツをさっさと穿いた。その後も、お尻パックンの話は何度もした。子供たちもパンツを穿いた。子供の頭の中では、「隣のトトロ」に出てくる真っ黒クロスケと重なっていたらしい。私の中では、さらにパックマンと「ムーミン」のスティンキーを足して3で割ったような姿だった。スティンキーは昭和版アニメの「ムーミン」で「ビトン、ビトン」と言いながら跳ねるようにやって来て拗ねたことを言う黒いもじゃもじゃだ。ママ友に話すと、その家でも出るようになった。
 
子供たちがすっかり大きくなってから、「お尻パックンを信じていた?」と聞いてみた。
上の子は、「ふふ、そんなの初めからウソだって分かっていた」と言うのだが、その目をのぞき込んで「本当に?」と念を押すと、ちょっと目が動揺して、「いや……、割とすぐにウソと分かった……」と言う。下の子は、「そんなのウソだ、でも本当かも、いや、でも、お母さんが言うし……」と信じたと言う。2歳の年の差が感じられる。ネットで紹介されていた保育園の男の子の話を思い出した。プリキュアはアニメ(描かれた絵)だから本当にはいないけれど、仮面ライダーは実写(実際に人が出ている)だから本当にいると信じているというのだ。そのような年ごろの子供たちは、現実と想像上のものが普通に同居していて、それでも困らない世界に住んでいる。これは、子供の頃にしか体感できない。親になったら、家の子たちもお尻パックンの話をするだろうなと思う。
 
ちょっと変、ウソでも人が困るわけでもない、後でバレても恨まれない、こんなちょっと笑えるほら話が好きだ。それに、大人にほらを吹く余裕があるのは大切だとも思う。特に子育てに追われている時は。自分が子供だった時の本当だと思っていた感覚も懐かしい。その感覚を思い出しては楽しむ。例えば、史上最大のホラ話と言えるサンタクロースの思い出を楽しむ人は多いだろう。私には、大人が真面目で建前だけで生きているわけではないと実感するきっかけでもあった。今では、ほらも吹けば勘違いもする生き生きとした人間らしさが愛おしい。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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