自分のいかりを探しに本屋へ行く話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:北川 瞳(ライティング・ゼミ日曜コース)
「今日は何の本買おうかな~?」
私は今日も電車の中で、ニヤニヤしながら欲しい本リストを見つめ、これから買う本を物色している。私はそれなりにデジタルのデバイスを使いこなしているという自負はあるが、読書に関してはかなりアナログな人間だと思う。このご時世に電子書籍をほとんど読まず、持っているのは重たくてかさばる紙の本ばかり、それもわざわざ本屋に直接行ったうえで紙の本を買っているのだから。
ネットで本を買うのは持って帰れないくらいに大量に買うときか古本屋で本を買うときだけ。スーツケースを持って東京に行き、神保町で好きな本を買い漁ったこともある。
電子書籍なんて今では色んなサイトでたくさん販売されている。個人出版も簡単にできるし、電子書籍で人気の出た本が紙媒体で出版されることも珍しくない。いつでも気軽に購入できて、どこでも読めて、スペースも全く取らない。なのに、どうして私はそこまで紙の書籍に――しかも本屋で直接手にとって買うことに、そこまでこだわってしまうんだろうか?
単に私自身、ページをパラパラと捲る感触がない電子書籍が苦手というのもある。ただ、私は本の感触云々よりもその紙の本自体が持っている知識の”重さ”が好きなんだと思っている。その重みは私にとってさしずめ船の”いかり”になるからだ。
私が大学院を出て2,3年経った頃、尊敬していた大学の恩師が定年退職することになった。。大学教授という職業にこれほどふさわしい人もいなかっただろう。今まで出会った中でも一番頭がいい人だったのは間違いない。年齢の割にとにかく考え方が柔軟かつ博識で、既存の枠組みやら規則やらをいとも簡単にバッサリと切ってしまう、なんともドライな人だけど学生から人気のある人だった
私は在学中に「僕の家に残しててもしょうがないから」と恩師の蔵書を貰い受ける約束をしていたので、面白そうな蔵書を数十冊ほど選び、ダンボールにつめて家に送り、残りの新書や文庫本はスーツケースで持ち帰ることにした。
「やっぱりこんだけ詰めると重いですね……でも、これって『知識の重み』なんですよねえ」
夕焼けに照らされるキャンパスで、本がパンパンに詰まったずしりと重いスーツケースを何とか転がしながら私は何気なく頭に浮かんだことを言った、つもりだった。
「……そうだね」
いつもドライな態度の恩師には珍しく、私の言葉をしみじみと噛み締めているようで、私は恩師の珍しい姿に何となく照れくさくなって、黙ってしまった。
それでも私はこの言葉を本心から言っていた。貰った本はほぼ学術書や事典の類で、まさに積み上げられた知識――多くの情報が作り上げた結晶――のようなものだった。そして実際に重さがあることは、私にその本たちに書かれている知識の重みを実感させてくれた。
情報に溢れた今のこの世界は、まさに水が氾濫している広い川だ。ボートをどこかに止めて一休みしようとしても、気を抜くとすぐに情報の流れに呑まれ、さらわれてしまう。今自分はどこにいるのか、自分はどこに進みたいのか、そんなことも分からないままに流され、本来自分が辿りたかった進路がやがて分からなくなる。
私も含めて人間は皆小さな手漕ぎボートの乗り手で、川にただ浮いてるだけだと流れにすぐ負けて押し流されてしまう。だけどずっと同じ漕ぎ続けてはいられない、そのうち疲れてしまうから一旦流れから外れて休むことも大事になる。だけど一休みして岸にボートを止めようと思った時に、氾濫して荒れ狂っている川ではボートを繋ぐことはままならない。そんな事態にならないためには何が必要だろう?
確実に自分を安全な場所に繋ぎ止め、情報の流れから自分を休ませ、川の状態を観察し、自分の進路を決める猶予を与えてくれるもの――となれば、それは「いかり」だろう。
どんな内容であれ、本には大なり小なり知識が詰まっている。自分の持っている知識なんて世界全体からすれば全然ちっぽけなものだけど、その本に詰まった知識の重みはやがていかりとなって、自分の船を世界の激しい流れから守る手助けになるかもしれない。だから私は本が好きだ。その知識の重みが積み重なって自分を繋ぎ止めるいかりになってくれると確信できるから。情報の川で自分のボートを上手く操っていくためにも、自分専用の重たいいかりを作っていかなければいけないと確信しているから。
私は知識の重みを、そして紙の本を心から愛している。だから私は今日も本屋に行き、本でパンパンになった重い袋を下げて帰途につく。やがてその知識が自分のいかりになっていくことを信じて。
***
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