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メディアグランプリ

どピンクな悪魔と私


*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大村沙織(リーディング・ライティング講座)
 
 
出会いは3年前の秋のことだったと思う。
書店で見かけた、円状に並ぶ5人の男女が映ったポスター。
隅の方に役者名が書かれていたことから、それは映画の宣伝用だと分かった。
言われてみると確かにそこに写っているのは有名な俳優達ばかり。
でも、私がそれに目をとめたのはそんな理由ではなかった。
画面は白く明るいのに、彼らはまるで穴の底みたいな深いところにいて、そこからこちらを見上げるような視線を投げかけていたのだ。
彼らは何かに挑むようにも、たじろいでいるようにも、はたまた何かを待ち望んでいるようにも見えた。
それとも私たちに何かを伝えたいのか、ただただこちらを見ることだけを目的にしているのか、よくよく見ても意図が掴めなかった。
次に全体を見て気になったのは、何だか作り物めいた登場人物がいて、その人物がとても浮いていたこと。
 
「これ、誰だろう?」
 
記載されている役者の名前を照らし合わせて確認すると、CMにも出ている若手の俳優や声優の経験もあるベテランであることが分かり、驚いたのを今でもよく覚えている。
最後の極めつけは、白地のポスターの左下に赤字で書かれたたった2文字の言葉。
上下のパーツで分断されて読みにくくなっているものの、日常的に使う日本語の動詞の原形で間違いなかった。
 
その瞬間、頭の中に、独特なメロディーが流れた。
 
大御所の芸人が出ていた某医療バラエティー番組で頻繁にかかっていた曲。
そして日本人なら恐らく誰もが知っているであろう、髪の長い女の子がテレビの中から登場するときにかかる曲。
ここで私は最も大きな謎に思い至った。
 
「何が『来る』の?」
 
きっとポスターの彼らは、彼らのもとに「来る」であろう何かを待っているに違いない。それがどういうものかは分からない。
そして彼らがそれをどういった気持ちで待っているのかも分からない。
分かっているのは、私自身がそれを確認せずにはいられないということ。
だって目の前にあるのはたった2文字の情報だけ。
主語が抜けている文章って、それだけで狂おしいほど胸を掻き立ててくる。
 
私はポスターの小さな字を高速で目で追った。
きっと書店にポスターがあるということは原作の本があるに違いない。
更に言えば、この本屋に在庫があるだろうという確信があったからこその行動だった。
映画を観る気は全くなかった。
なぜなら、ホラー映画が大の苦手だからだ。
文章だと大丈夫でも、映画で実物としての立体感を持って目の前に迫られると逃げたくなってしまう。
「ホラーは本で読む」のが私の主義だ。
幸いにもフェアで取り上げられていたその本は、平積みにされていてすぐに見つかった。
これでもかと主張してくるフューシャピンクの毒々しい表紙に、私は目を奪われた。
「来る」と大きく印刷された真上に書かれた単語を見て、私はぽかんとするのを余儀なくされた。
 
「ぼぎわんが、来る」
 
本を見つけた達成感をかみしめる暇もなく、疑問符の嵐が押し寄せた。
背表紙のあらすじを読んでもそれがどういうものかさっぱり分からないことと、ひらがな4文字で「あをによし」とか「たらちねの」といった類の和歌の枕詞のような柔らかさが想起されてもおかしくないはずなのに、それがどうやら禍々しい存在であるらしいことに気持ち悪さを覚えていた。
気持ち悪さが勝り、結局その場ではその本は買わず、不気味な4文字だけインプットして私は書店を離れたのだった。
 
しかしその2週間後、かの本は私の手の中にあった。
インプットされた4文字の存在は日に日に私の中でむくむくと膨らみ続けた。
そして友達と買い物途中で本屋に寄った時、ついに限界が訪れた。
どピンクの悪魔のささやきに負けた瞬間だった。
早速帰りの電車の中で本を開いた。
いつのまにか、降りねばならない駅に到着していた。
 
「もう移動時間終わっちゃったの!?」
 
1時間弱の移動があっという間に感じられるほど、物語にはまり込んでいた。
次に乗り換える電車の中で読めるのは十二分に承知している。
しかし、乗り換えの間に本を閉じるのさえ、もどかしい。
 
「誰かが私を担いで移動してくれれば、ずっと本に集中できるのに」
 
本気でそう思った。
そのくらい虜になっていた。
主人公の周りで起こる不気味な現象、どうやらそれは「ぼぎわん」という化け物の仕業らしい。
それらに対抗するために現れる協力者達、しかしその結末は……第1章で「ぼぎわん」に恐怖した私は、怖さのあまりしばらくその本と向き合うことができなかった。
 
再び挑んだのは3日後のこと。
次の章からは別の人物の視点から物語が進む。
彼女の目線から描かれるストーリーは、これまで読んできた第1章に別の形を与えてくれた。
第2章の最後の方に出てくるある登場人物の気持ちの変化と、その後の展開で、私の中で感情の嵐が起こって、なぜか涙が出てきた。
変な涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、今度は続きが気になりすぎて、止まらずページをめくり続けた。
第3章はまた違う人物の視点からの物語で、いわば「ぼぎわん」の秘密に迫るパート。
なぜ「ぼぎわん」が誕生したのか、どこからやってくるのか、推理を繰り広げ、そしてクライマックスへと向かう。
この章は主人公達と謎解きをしている気分になり、深い没入感を味わうことができた。
 
「凄い人に出会ってしまった……」
 
読了後、思わずつぶやいた。
疾走感と物語が終わってしまった喪失感、人間の性や業の深さにも思いを馳せて、胸がいっぱいになった。
そして、何だか人に優しくしたくなった。
自分が誰かに対して与えているかもしれぬミゾやスキマ、それを埋めたいと痛烈に思った。
ホラー小説でこんな気持ちになるものとは、今まで出会ったことがなかった。
そういえば、母にまだLINEの返事をしていなかったことを思い出す。
次の瞬間、スマホを取り出し、母親に電話した。
 
「もしもし、LINEありがとう。うん、元気。あのね、面白い本があるんだけど、今度持って来ようか?」
 
このときの私は信じていた。
この物語を、この凄さを、これを体験していない他の人に伝えることはれっきとした優しさだと。
読書好きの母親もきっとそう受け取ってくれるに違いない、と。
私と母親の間にはミゾもスキマもないけれど、きっと喜んで読んでくれるに違いない、と。
 
―後日本を読み終わった母親から、とても怖かったとひどくお叱りを受け、納得いかない気分になったのはまた別のお話。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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