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硬派でも不器用でもない高倉健も愛おしい

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐々島由佳理(チーム天狼院)
 
 
「自分、不器用ですから」
 
銀幕の大スター、高倉健は言った。
 
歯にかみながら少しうつむき加減でこう言えば、なんとなく窮地をなあなあに出来そうな“万能性”を感じる。このセリフをここまで汎用性の高いものとして確立させたことは、彼が残した功績の一つと言っても過言ではないだろう。どこかのチャラ男に「オレ、不器用なんっす」と言われたところで「ど突いたろか」となるところ、THE硬派の代名詞「健さん」から「不器用なんです」と照れながらアピールされては、降伏するしかない。
 
昭和から平成、そしてこの令和の時代にまでまたがり、「健さん」という固有名詞に「硬派で不器用」なイメージをここまで刷り込んだ功績は偉大だ。実際、私のごく身近にも「健さん」の恩恵を受けている人がいる。
 
私の夫が「ケン」だ。
 
ただでさえ「ケンさん」なのに、九州男児で、一本気なところや、人前であまり多くを語らずなところは、「健さんはかくありき」を地でいくようなところがある。「健さん」マジックは、九州男児とかけ合わさるとますます威力を発揮するようで、ほとんどの人が迷うことなく彼を「ケンさん」と呼んだ。
 
ただ1人、出会いから約15年、長い年月をともに歩んできた“私”だけは、本人を前に「ケンちゃん」と呼ぶことができた。
 
硬派でも不器用でもなく、全部引っぺがしてなおそこに残る「ケンちゃん」は、私だけが呼べる呼び名……のはずだった。
 
あの日までは。
 
その日、彼女は「ケンさん」のとなりに腰を下ろした。それなりに広い一室で、ほかに座る場所などたくさんあるのに、わざわざ「ケンさん」のとなりを選んで、だ。そして、「ケンさん」を見つめて小さくこうつぶやいた。
 
「ケンちゃん……」と。
 
私たちが彼女と出会ったのは3年ほど前。丸顔で、笑うと目が鶴瓶のように垂れて波打つのだが、それは確かに女性の私から見ても可愛らしかった。私以外の女性が「ケンちゃん」と呼ぶのを初めて聞いたその日も、彼女の目はこれでもかと波打ち、純度100%の愛情が顔からこぼれ落ちていた。同じ女性でありながら不覚にもドキリとしてしまった私は、まさか……と、「ケンさん」に目を向ける。するとそこには、ただただ分かりやすくデレにデレを重ねた一人の男の姿があるだけだった……。そこは「自分、不器用ですから」やろ。冷静に心の中でツッコミながらも、胸中は穏やかではなかった。15年かけて育んできた関係を、出会ってたった3年そこらの女性に一瞬で追い越された気がしたし、そこには私の知る「ケンさん」はどこにもいなかったのだから。
 
私はその夜、激しく問い詰めることになる。「まさか、キスとかしてないよね!?」「し、してないよ……!」そう言いながら席を立った「ケンさん」が、あの時、一瞬ニヤリとしたのは気のせいだっただろうか。
 
思い返せば、5年くらい前を境に「ケンさん」の様子は変わっていたように思う。その頃から妙に外出が増えたし、そこには常に誰かの影がチラついていた。ちょうどそんな頃、「ケンさん」の車を路上で見かけたような気がした。「気がした」というのは、すれ違う瞬間、助手席に女性が座っているのが見えたからだった。想い出が詰まった助手席に笑顔で座る女性、そして隣には私に気づかず通り過ぎていく「ケンさん」。そんなハズはない。私はそう切り替え、詮索を打ち切ったのだった。
 
その時には、きっと私はすでに悟っていた。もう、皆にとっての「ケンさん」も、私だけの「ケンちゃん」も、もういないのだ、と。硬派でも、不器用でもない、じわじわと変わっていく「ケンさん」に気づいていながらも、その現実にきちんと向き合ってこなかった。けれどきっと今こそ、「ケンさん」に自分の想いをぶつける時なのだ。
 
 
その日、私は何をどう伝えるべきか、考えがまとまらないまま「ケンさん」と一緒に暮らす家のドアを開けた。
 
遠くから「おかえり」とこちらに向かう「ケンさん」の足音。
 
そして、その空間に漂う「ケンさん」とは違う、明らかに別の“人”の気配——。
 
次の瞬間、「ケンさん」の後ろからバタバタと足音が追いついてくる。
 
そこに現れたのは、「ケンちゃん」と呼んだあの彼女と、笑顔で助手席に座っていた女性だった。私たちの家に、二人の女性が揃っている。その事実に、もはや私の心は大きく乱れることはなかった。私が帰るこの瞬間まで、この家で二人は「ケンさん」と濃密な時間を過ごしていのだろうとしても。
 
そんなことを考えていた後、2人は口を揃えてこう言った。
 
 
「おかえり! お母ちゃん」
 
 
次女が生まれて2年ほど経った頃、彼女はお父ちゃんのことを突然「ケンちゃん」と呼んだ。私が家でそう呼んでいたから真似したんだろう。その愛らしさと言ったら……。可愛さ余ってキスもしたくなるほどなのだが、育児書の教え通り、我が家では虫歯菌がうつらないよう娘へのキスは厳禁だ。「まさか、キスとかしてないよね!?」厳しめの取り調べは必要だ。
 
次女はもうすぐ4歳。何度も「ケンちゃんだよ」とアピールする夫には取り合わず、今では普通に「お父ちゃん」と呼ぶようになってしまった。今では我が家で「ケンちゃん」と呼ぶのは結局私だけになった。
 
長女ももうすぐ6歳。最初に私が助手席を譲ったのは彼女だった。「まるでデートのようだ」と、長女を隣に車を走らせる「ケンさん」はいつも嬉しそうで、それを見るのも楽しかった。きっとあの時みた車も、デート中の二人だったのだろう。時が経ち、助手席は次女のものになったが、姉妹はとても仲良しだから、車の中でもおとなり同士が良いとそろそろ言い出すに違いない。そうなったら、二人を後ろの席に移動させ、助手席は私に返してもらうことにしよう。
 
そうだ。自分の想いを「ケンさん」にきちんとぶつけようと思っていたのだった。
 
「ケンさん、子供達を心から愛する素敵なお父ちゃんで、いつもありがとう」
 
 
 
 
***
 
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2021-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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