素敵なあの人は予想より遥かに早く、遠い世界に行ってしまった。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:名無子(ライティング・ゼミ平日コース)
ガツン。
頭を殴られたようだとはよく言ったもので。
その知らせを目にしたときには、鈍器を振り下ろされたような衝撃があった。
脳が揺れ、暫くはものを考えることも出来ず、
理解に至るまで呆然と立ち尽くしていた。
膝が落ち、視界が滲む。
人が亡くなるとは、そういうことだった。
『世界はほしいモノにあふれている』という番組が大好きだった。
一人暮らしの心の支えだった。時より吸い込まれそうな黒い箱に映される、景色や、人や、モノにずっと支えられていた。
あの日、レポートに向かう前に録画した『せかほし』を見ていた。
コロナ禍、都内での一人暮らし、オンライン授業。
それだけのことに囚われてしまって、私は毎日を乗り越えるのに精一杯だった。
今日が良い日になるように。そんな祈りを込めてテレビを点けた。
画面から溢れる色鮮やかな街、明るい人々、JUJUさんと三浦春馬さんの笑い声。
そのどれもが、幾日も続く曇天を晴らしてくれるような気がした。
半分ほど見終えたところで一時停止を押した。
画面には見慣れた、大好きなふたりが映っている。
「続きのために、頑張ろう」
重い腰を上げて、文献の積まれた机に向かった。
貰った元気を絞り出しながら、文字を追い、分解し、整理した。
夕方ごろ。
集中が切れた私はスマホに手を伸ばした。
「あともう少しやったら、残りを見よう」
その決心のもと、ニュースだけ……とSNSを開いた。
飛び込んできたのは、今、私の目の前に映る彼が亡くなったという速報。
三浦春馬さんの訃報だった。
――わからない。
起きていることが、何もかもが、飲み込めない。
だって少し前まで動いている姿を見ていた。
彼がこの世にいないなんて。
唐突にそんなこと、受け入れられるはずがなかった。
確かめないわけにはいかなくて記事を開いた。
だんだんと血の気が引き、周りの音がすべて奪われていく。
喉の奥の方がキュッと痛くなった。
本当に、彼はいないらしい。
今、私がいる時間を、彼は生きていないという。
信じることができなかった。でも、彼が選んだなら信じなければならなかった。
幸せなことに、私はそれまで近いひとを亡くしたことがなくて、不幸なことに、そのとき初めて誰かの訃報で泣き崩れた。
テレビの中のふたりは、変わらない笑顔のままだった。
気を紛らわすために録り溜めていたドラマを再生する。
それまでの私は気力がなくて、テレビを集中して見るということができなかったのだけれど、そのときは取り付かれたかのごとく片端から見尽くしていった。
とうとう最終回が終わったとき、やっぱり現実に引き戻されて、画面が自動的に変わるまで動くことができなかった。切り替わった画面では彼の友人が『キセキ』を涙ながらに歌っていた。歌詞の全てが彼に重なる。偶然にしては酷な演出だった。
彼は今、笑顔なんだろうか。救われたと安堵しているのだろうか 。
そうなら良い。そうなら良いけれど、なくなったものがあまりに大きくて涙を止めることができなかった。
翌日は憎いほどに晴れた日だった。
眩しくて、その何もなかったような様子が許せなくて、それでも久々の晴れに救われている自分もいて。冴えてしまった頭で、やるべきことを考えた。
一駅先のホームセンターに行こう。
電車に乗りたくなくて避けていたけれど、今日なら自転車で行ける。
頭の隅の方で、あんなに暗い気持ちでいた自分が生きようと動いていることが、とても悲しくなった。彼はもう生きていないのに。
そんな思いを振り払うように、私は急いで外に出た。
そこでひとつ誤算があった。
勢いのまま飛び出してしまったから気がつかなかったのだけれど、その旅路は坂道が続いていたのだ。夏の初めに挑戦して良い道のりではなかった。
坂を下り、また坂を上る。
汗をかき、息が切れ、その繰り返しのなかで大きな川に出た。
夏らしい青空が映っており、思わず立ち止まって覗き込む。
水面が揺れ、傾けた首筋に汗が伝う。
――風景も、私も、何だか凄く、生きていた。
そうして、彼はもう汗を流すことも、景色に目を奪われることもないと知って涙が溢れた。
勿体ないよ、死ぬなんて。
零れるのは独りよがりな願いだけ。
容赦のない日差しの下で、綺麗ごとなど吐けなかった。
生きてほしかった。これからもたくさんの素敵な世界を見せてほしかった。
笑顔で、言葉で、姿で、私を引き上げてほしかった。
何も知らなかった。
何もできなかった。
その事実がこんなにも苦しい。
川縁の緑が揺れた。
汗と涙でぐしゃぐしゃになりながら、また坂を上った。
私は彼の何でもない。けれど今も彼の名を見かけたら、あのやさしく下がった目じりで笑う彼の姿が浮かんで、どうしようもない気持ちになる。
悲しくて、辛くて。
でも、どうしてか、いつも最後には生きてやろうと思う。
彼のいない世界で、私は生き延びてやろうと強く思うのだ。
それは反面教師というわけではなく、
たくさんのひとに想われる彼が死を選んだ世界を変えたいと思っているわけでもなく、
こんなにも痛いと思ったことを手放したくないからだった。
そして彼のような素敵なひとが、ただただ消えてほしくないと思うからだった。
悲しく、悔しく思うなら、私は誰かの些細な力のために生きなければいけないと思うのだ。
私は今、大学で芸術を学んでいる。
学ぶほどに思うのは、ひとの言葉は最期には届かないんじゃないかなということ。
世との繋がりを絶とうという大きな決心に、そこで吐いた言葉は小さすぎるように思う。
そもそもそんなときに誰かに話すなんてことは、できないのだと思う。
もちろんそうでないこともあるだろうけれど、「繋がり」の中に「ひと」が含まれるのだとしたら、「絶とう」と決めたそのとき、私たちの言葉はもう届かないのではないか。
だから、最期にひとを救うのは芸術のような「美しいもの」じゃないかと思うのだ。
私はあの番組に、ずっと支えられていた。
誰かが「良いね、素敵だね」と言ったモノに、ずっとずっと救われていた。
「美しいもの」には多分、凄く大きな力がある。最後の一歩を留めるような力があると思う。
生ぬるいのかもしれないけれど、学んでいて思うのはそんなことだった。
今、そんな「美しいもの」は「不要」「不急」と言われる方向にある。
最優先すべきことではないのかもしれないけれど、こんなときこそ「ないと生きていけない」と思うのだ。「美しいもの」が誰かのそんなときに、当たり前に寄り添う存在になれば良いと心から願っている。私はそのために動きたい。
彼が手放した世界が、「戻りたいな」と思うほど美しいものであるために。
誰かが「良いね」と言ったモノを、そしてそう言ったひとのことを、ずっと覚えていたい。
何もない私だけれど、それだけは胸を張って言える。
彼が何を思ったのかも、今どうしているのかもわからない。
それでも、もし伝えられるならきっとこう言う。
最期まで美しいものを届けてくれてありがとう。
私はあなたに出会えて幸せでした。
どうか、笑顔でいますように。
感謝を込めて。
***
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