あきらめるって、悪いことだと思っていた
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:綾崎(ライティング・ゼミ平日コース)
あきらめる。
この言葉にはネガティブな印象がある。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」
これは、国民的バスケ漫画「スラムダンク」に出てくる安西先生の有名なセリフだ。このセリフの中でも「あきらめる」ことは、やはり良くないこととして扱われている。
苦しい時も、あきらめない。あきらめずに、やり遂げる。
この文章だけでは状況はわからないのに、逆境に立ち向かっているような情景が浮かんでくる。逆境に負けず、最後までやり遂げる姿は美しい。
やはり、あきらめることは、良くないことなのだ。挫折を乗り越えて完遂することこそ、素晴らしいことなのだ。
そう、思っていた。
私はイライラとしていた。
部長が仕事をしてくれないからだ。明らかにサボっているというわけではない。部下たちの進捗を確認したり、スケジュールを組んで仕事の指示をとばしたり、成果物に対してフィードバックを行ったり—そういった部長がするべき仕事をしてくれないのだ。そのことに、私は不満を募らせていた。
部署を管理する人がいなければ、確認などにいちいち手間がとられ、仕事の効率は悪くなる。下がっていく生産性とは裏腹に、イライラする時間は増える一方だった。
このままでは良くない。
そう思った私は、いかに部署のメンバーが困っているのかを訴えることにした。課長に訴えて、次長に訴えて、個人面談があったので部長本人にも直接それとなく訴えてみた。特に何も変化は起きなかった。
仕方がないので、私が思う「部長がやるべきこと」を逐一本人に伝えてみることにした。単純に私の手間が増えただけで終わった。
私はストレスをため続け、事態は悪化の一途をたどった。後輩や同僚に対する言葉まできつくなり、この頃に行われたミーティングの雰囲気は最悪だった。そして、ミーティングの後は決まって自己嫌悪に陥った。
私は、自分の怒りに振り回されていた。
「あなたを怒らせるものは何ですか? 人ですか? 出来事ですか?」
耳に飛び込んできたその言葉にドキリとして、思わず顔をあげた。視線の先のテレビ画面には、女性講師が大きく映し出されていた。ホワイトボードを背に、受講生に向かって喋っている。
夕飯を食べながら、見るつもりもなくつけたテレビで「アンガーマネジメント」特集が放送されていた。「アンガーマネジメント」というのは、怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニングのことだそうだ。画面には、会議室らしき場所で行われているアンガーマネジメントセミナーの様子が映し出されていた。
「出来事だと思います」
講師に当てられた若い女性が立ち上がって発表した。
「別の人が同じことをしても腹がたつので、私は出来事だと思います」
ウンウン、なるほどね。私の場合はどうかな? 人にも出来事にも腹がたつなぁ。
そう考えた矢先、テレビの中の講師が口を開いた。
「実は、どちらでもありません」
そして、続けてこう言った。
「あなたを怒らせるのは、あなたです。
あなたの中にある、『べき』が、あなたを怒らせています」
セミナーの様子はそこで終わり、画面は受講生のインタビューに切り替わった。
自分の敵がわかった瞬間だった。私の敵は部長ではなく、自分の中にある「べき」だった。戦う相手は自分だ。敵は身近にいるとは、よく言ったものだ。
私は部長がする「べき」仕事を勝手に思い描き、その仕事をしていないといって腹を立てていたのだ。
私は「べき」を手放すことにした。
「べき」を手放すこと、それはあきらめることだった。
部長をあきらめ、自分の仕事の効率をあきらめた。それは、とても前向きなあきらめだった。
わかってはいた。部長が「やらない」のではなく「できない」のだと。彼は現場の仕事は得意だが、管理職には向かないタイプの人間だった。それなら、できる人が出来ることをやればいいじゃないか。
実際にやってみると、効率の悪い仕事も案外悪くはなかった。手間はかかるが、意外と楽しかった。考えてみれば、自分の仕事が増えるからってイラつくのも、自分勝手な話だ。
何かが劇的に変わったわけではなかった。でも、少なくとも私のストレスはだいぶ減った。考え方を変えただけで、随分と楽になっていた。
「諦める」という言葉は、もともと、「物事や真実を明らかにする」という意味を持っていたそうだ。それがいつからか、物事を途中でやめてしまう挫折に近い意味で使われるようになり、今ではネガティブな印象がつきまとう言葉になってしまった。
私も、あきらめることは逃げることだと思っていた。
でも決して、そうではない。自分の思い込みや「べき」を捨て、物事を正しく受け止める、前向きなあきらめもあるのだ。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」
いいんです、安西先生。私は勝てない試合は終わらせて、勝てる試合を始めることにしましたから。
終わりには、必ず新しい始まりがセットになっている。
***
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