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こんなはずじゃなかった


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記事:タマひろし(共感ライティング)
 
「こんなはずじゃなかった……」
2020年10月9日。日付が変わろうかという中、私はうめいた。
そう、こんなはずじゃなかったのだ。
 
私の卒業した大学では、毎年、卒業生による研究会が開催される。関東・東海・近畿・九州のいずれかの地に、数百人の卒業生が集い、皆で学び、皆で語り合う、伝統的な会である。
その2020年度の研究会における実行委員長を私は押し付け……いや、仰せつかった。名誉なことだ。
 
2020年度の研究会は、私達卒業生の母校で開催される予定だった。
私達にとって始まりの場所。
私達が初心になれる場所。
人生100年時代。働き方改革。この変化の激しい時代だからこそ、原点に帰り、私達のコア(核)を見出す……そんなことが大切なのではないかと考えたのだ。
 
研究会でのプログラムもそれに合わせて考えた。
シンポジウム。特別講演。特別企画。
私が参加したい、受講したいと真剣に思うような企画を考えた。
これまで通り、いやこれまで以上に良い内容になりそうだと胸を踊らせていた。
 
風向きが大きく変わったのは、2020年に入ってからだった。
そう、新型コロナウイルスの流行だ。
今後、どうなるのか。緊急事態宣言が出されるかどうかという3月末。
2020年度の研究会を開催するかどうかを決めなくてはいけないと言われた。
 
新型コロナウイルスがどうなるのか、まだわからなかった。
夏になったら収束するとも、当分は感染が続くとも予想された。
 
卒業生が一堂に会するのが、研究会の意義だった。
集まれないかも知れない。
そんな状況で研究会をする意義があるのかと悩んだ。
先輩に相談した。周囲に相談した。みな、余裕がなかった。
実行委員長であるお前が決めろと返事があった。
 
悩んだ。
結局、どこまでできるかわからないが、やれることをやろうと決めた。
研究会初のオンライン開催とすることに決めた。
 
オンラインにしよう。
そう決めたのは簡単だが、その準備は困難を極めた。
 
前例がないというのは本当に大変なことだった。
配信をする環境を整えるだけでも大変な時間とエネルギーがかかった。しかし、何より難しかったのが、関係者の認識を合わせることだった。
コロナによって、直接集まって対話することができなかったことが、最大の障害だった。
オンライン会議・MLなどの様々なツールには徐々に慣れていったが、多くの時間をかけても、直接会って話すほどの相互理解は得られなかった。
それまでの絆・つながりがなかったら、研究会当日までに、私達は空中分解していただろうと思った。
予想していた以上に準備は難航し、なんとか開催できそうだと初めて感じられたのは、実に研究会前日であった。
 
研究会の開催では、私は実行委員長として挨拶をしなければならなかったし、その他にもいくつもの役割を担わなくてはらなかった。
その準備も行いたかったが、その時間を取ることはできなかった。
準備に追われているのは私だけではなかったからだ。スタッフを不安にさせてはならない。彼らや彼女らの疑問に答え、フォローアップをしなくてはならなかった。
 
必然的に私の睡眠時間は減っていた。
研究会1ヶ月前から長くて5時間となっていた睡眠時間は、一週間前から3時間になった。物理的にも睡眠時間を取ることは難しかったのだが、心理的にも追い込まれており、根付いてもこれ以上眠るのが難しくなっていたのだ。
 
そのような状況の中、いよいよ運命の日が来た。
 
人生においても、ここまで消耗した状態での檜舞台は初めてだった。
その檜舞台である配信会場には、私達と関係者以外には誰もいなかった。
カメラの向こうには数百人の卒業生や関係者がいるはずだったが、私達には姿も形も見えなかった。
静かで孤独な、私達だけの戦いが始まった。
 
できる限りの時間、できる限りの準備を重ねたが、研究会当日は様々なトラブルに見舞われた。
挨拶でマイクが入らない。
シンポジウムでスライドが映し出されない。
演者が通信不良で落ちる。
 
私もスタッフもみなで精一杯対応した。それでも、難しい局面がしばしばあった。
あんなに練習したのに、あんなに準備したのに……つい出そうになる涙をこらえながら、復旧作業に勤しんでいた。
 
そのような中、Zoomウェビナーにコメントが入った。
「画面が真っ暗だよ」
 
(わかっとるわ! だから、焦って復旧させとるんや!)
私は心で叫んでいた。
 
「音が出てないよ」
「ミュートにしないと、音が響いているよ」
 
その後も、カメラの向こう側からの声は届けられ続けた。
Zoomウェビナーでのコメント、メール、Facebookのメッセンジャー。その他、様々な方から様々な形で、メッセージが届けられた。
配信会場でも、演者や座長。大学の教員、職員。多くの方から手が差し伸べられた。
 
通常の学会や研究会であれば、こんなことはない。
スライドが映らない時、マイクの音が出ない時、参加者はただスタッフが現状を復旧させるのをただ眺めているだけだ。
 
この研究会はそうではなかった。そうだ。
母校の卒業生による研究会だった。
参加者はみな、卒業生であり、仲間だったのだ。
 
配信会場からは直接は見えなかったが、スタッフのみならず、参加した卒業生・関係者みなでこの研究会を成功させるために、できることをしているのだった。
 
卒業生によるたくさんの応援や手助けのおかげで、私達はプログラムを一つ一つ前に進めることができた。そして、なんとか閉会式までたどり着くことができたのだった。
 
今回は、例年のように参加者が一堂に揃う研究会を開催することはできなかった。
配信会場からは参加者の顔を見ることもできなかった。
それでも我々はみな、参加者を近くに感じることができた。
参加した学生からは、研究会を絶対に成功させてやろうという卒業生の気迫を感じたと感想をもらった。
わかる。私もここまで卒業生が一体となった研究会に参加したのは初めてだった。
 
研究会が終えて思った。
こんなはずじゃなかった……
 
いつもの研究会よりちょっといいくらいの出来で終わるのだと思っていた。
こんなにも、この大学を卒業してよかったと思うようになるとは思わなかった。
我々、卒業生のコアには、こんなにも深い母校愛があるのに気づけるとは思わなかった。
 
こんなはずじゃなかったのだ。
≪終わり≫
 
 
 
 
***

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2021-02-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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