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それは大人の非常ボタンだったのだろうか


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:桐生 譲(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
成人式中止のニュースが流れていた。
 
晴れ着姿の写真が残せず気の毒に、と思いながら、自分のあの頃を考えてみた。
 
成人式が終わって、地元の懐かしい友人と飲んだあとで、「大人」の自覚めいた気持ちを感じたものだった。
でも、50歳も60歳も、まとめて高齢者、いや、はっきり言って「老人」でしかなかった。
 
あれから30年以上生きてきた。
 
就職は、第一希望の興銀は叶わなかったものの、中堅どころ、12行中4番目の都市銀行に入ることができた。
 
入行した時のアンケートか意識調査で、自分は将来どのくらいのポストに行きたい、行けそうかといった趣旨の質問があって、確か、「常務くらいにはなれるでしょ」なんて、回答番号に丸をしたそんな恥ずかしい、あの頃を思い出した。
 
銀行が以前の勤め先となった今でも、昇格の条件となる「人事面接」は、苦い思い出しかない。
 
結局、部長は言うに及ばず、次長・課長、すべからく「長」と名の付く職名で自分が呼ばれることはなかった。
本部にいて、立場上、支店長に偉そうな指示をすることもあったので、ポジション的には課長クラスだったのかもしれないが、「出世」は今でもコンプレックスだ。
 
その理由もこれまで幾度か考えてきた。つまるところ「共感性」「包容力」「責任感」が足りなかった。言い換えると、「大人度」が低かったのだ。
 
都内に戸建てでローンも払い終わり、息子も去年、就職できたので、会社員人生としては相当満足ではある。でも、自分の「大人度」には、今でも後ろめたさがつきまとう。
 
あれは、半年前の朝の通勤電車だった。
 
コロナ対応で、1時間出社時間を前倒ししているので、副都心線も、池袋駅あたりからはほぼ座席にありつけた。
 
その日も、1番ドア近くのロングシートの端に腰を下ろせた。
次の雑司ヶ谷でドアが開いた。
 
すると、明らかに酩酊状態の30歳近辺の男性が乗ってきて、斜め向かいの、シルバーシートに座り込んだ。
幸い、その3人掛けシートに先客はおらず、なんなら横になることも可能だ。
 
程なく、西早稲田駅に着き、ドアが開くと、一人の女子中学生が乗ってきた。
 
「あー、お嬢さん、早く先頭車両方面に移った方がいいよ。僕も足許に酸っぱい液体が流れてきたら席を立つつもりだから・・・・・・」と、反射的にテレパシーを送った。
 
しかしそれは、ほんの数秒後だった。
 
苦しそうな男に気づいたそのお嬢さんは、目線を男を下から覗き込むまで身体を低くして、声を掛けだしたのだ。
優しく尋ねるその娘に、男は何度か首を横に振った。「中目黒」と男が発した様に聞き取れた。
 
その小柄な娘は、中学1、2年生あたりだろうか。三つ編みで眼鏡をかけて、真面目そうな人だった。
 
親の教育なのか、ナイチンゲールの生まれ変わりなのか、その娘は心からその男を気遣って、熱心に声をかけ続けていた。背中さえさすり始めた。
 
やがて、男は顔を上げ、口を押え、肩を震わせ出した。
 
すぐに娘は、カバンの中をごそごそし始めた。しかし、落胆に近い表情を見せ始めた時、ふとボクのカバンに、会社帰りのコンビニのストロングゼロのために用意していたレジ袋が2枚入っていることを思い出した。
 
「あった」
 
カバンから出した皺だらけのレジ袋を拡げて重ねて、娘を見た。
 
目が合った! その刹那、ボクはその女子中学生と心を通わした!!
 
差し出すと、娘はすぐに袋を受け取り、男に手渡した。
男は、顔の前に袋を拡げ、透明に近い液状のものを吐き出した。
 
「セーフ!」
固形物は、既に道端に残して電車に乗ったのだろう。
 
「次は、東新宿、東新宿」車内アナウンスが流れた。
 
やれやれ、一段落。以上!
と、40歳差の男と娘の、ほのぼのストーリー・・・・・・の筈だった。
 
突然、先頭車両の方から60代と思われる高齢者男性が登場し、娘に近付いて話しかけた。
 
「あそこに非常ボタンがあるじゃろ。あれ押して大人に任せればいいんよ」
 
そう言うや否や、その老人は非常ボタンを押して、そのまま隣の車両に立ち去った。
「おっ、おい!? 消えるんかい?!」
 
「どうしました?!」スピーカーから駅員の声。
 
戸惑う表情を見せながらも、その娘は毅然と応対した。苦しそうな男のことを伝えたのだろう。程なく、車内アナウンスが流れた。
 
「車内に急病の方がおられるため、次の東新宿駅でしばらく停車します。お急ぎの方には・・・・・・」
 
既にその男の危機的状況は越えていた。それなのに、自分も含めて何百人の通勤・通学の朝の貴重な時間を奪われるのだ。人命第一なのは理解できるが、その男は自らの意思で乗車しているのだ。
 
ヒーロー気取りで立ち去った、あのKY爺さんの無責任さに呆れながらも、その娘の献身は美しかった。
 
東新宿駅に着きドアが開くと、3、4名、駅員が集まって男に問いかけた。担架を取りに走る駅員もいた。
 
やり取りは3分、あるいは2分程度だったのかもしれない。長く感じられた。
 
結局、その男は中目黒をちゃんと主張できたのだろう。5分遅れで電車が発車した。
 
ボク、男、娘。あの爺さんが現れて消えた前と、場面は不変である。
 
明治神宮前(原宿)に着いた。娘は男に何か話しかけ、降りるときも、男を見守り続けて降りて行った。
 
渋谷駅に着いた。男は静かにうずくまったままだ。ボクはここで降りた。時計を見た。
 
「5分遅れか。やれやれ」
 
遅刻を免れる安心から、ふと、何百人×5分間を奪うトリガーを突然引かされた、あのお嬢さんを思った。
 
あの「ヒーロー気取りの老人」を考えた。
 
あのお嬢さんを救ったと思っているのだろうか。
面倒は大人に押し付けていいこと、あるいは、厄介払いの解決法を、身をもってあの娘に教授しようとしたのだろうか。それが「大人の対応」だったのか・・・・・・。
 
「共感」「包容」「責任」そして「判断」
 
しかしただ、袋を渡したボクより、まぎれもなくあの娘は「大人」だった。
 
爽やかな敗北感をありがとう。
 
 
 
 
***

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《終わり》


2021-02-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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