半径10mの社会適応
*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:町田和弥(リーディング・ライティング講座)
「生産性を上げなければ、昇給はできない」
社長はさらに続ける。
「会社に残って欲しい人はどんどん仕事を与えて給料を上げる」
僕は社長のツイートにショックを受けた。
というのも僕の仕事はマンツーマンの塾講師。
大手予備校の人気講師みたいにたくさん生徒を集めることもできない。
いまのまま生産性など上がるはずもないのだ。
ひねくれた気持ちで社長の言葉を解釈すれば、生産性の低い僕は会社にとってお荷物だ。この惨めな気持ちから抜け出すためには一刻も早く辞めるしかないのだ。
もちろんこんな僕のために、会社は生産性の高い仕事を打診してくれている。
会社は塾の教務など、人をマネージメントする管理職になれと勧めてくる。
しかし、10年続けてきた教える仕事を僕は辞めたくないのだ。
もっと、極めていきたいのだ。
僕の会社はひきこもりや不登校のための学習塾で、ただ単に勉強を教えるだけが仕事ではない。
生きづらさを感じながら、それでも明るい未来を信じて進学をしようとする生徒によりそう仕事を極めていきたいのだ。
そう、サラリーマンとして馬車馬のように働く僕の目の前には、仕事のやりがいという人参と給料アップという人参がぶら下がっている。無残にも両方食べることはできない。
昇給の誘惑に揺れる僕……生徒との楽しい時間、生徒の笑顔という僕のやりがい……
どちらを選べばいいのか悩めば悩むほど分からなくなる。
しかし、この悩みをスッキリと解決してくれる本に僕は出会ったのだ。
『ニューロダイバーシティの教科書 多様性尊重社会へのキーワード』村中直人[著]
ニューロとは脳や神経。
ダイバーシティとは多様性。
本によると1人1人、脳や神経には多様性があり、その違いが人のバリエーションの1つとなることがニューロダイバーシティの意味であるという。
本によるとニューロダイバーシティは脳機能の一部がうまく働かないために生じる発達障害、特に自閉症スペクトラム(以下、A S Dと書く)の研究で発展してきた歴史があるらしい。しかし、この本ではA S Dのためだけにニューロダイバーシティの考え方を適用するのではなく、人間すべてにも適用されるべきだと主張している。
たとえば、スポーツが好きという個性。
人間には野球が好きな人もいれば、サッカーが好きな人もいる。好きな人が集まれば、野球部ができて、サッカー部ができる。部活動という小さなコミュニティは、脳や神経由来の違いによって生じた好き嫌いという個性から生まれたと考えることもできるだろう。
本はその小さなコミュニティを「半径10mの社会適応」と呼んでいる。脳や神経由来の小さな違いがあるから小さなコミュニティがたくさん生まれる。つまり多種多様な人間1人1人が社会適応できる居場所が、脳や神経の違いによって自然発生的に生み出されるのだ。
僕たち人間はすべての人に受け入れられるわけではない。その代わりに自分を認めてくれる仕事、家族や友達、趣味のサークル、部活動などの小さなコミュニティが存在する。その小さなコミュニティで僕たちは快適に生活し、社会適応できていればよいのだ。
まさにニューロダイバーシティは「みんなちがって、みんないい」という言葉そのものではないだろうか。
「みんなちがって、みんないい?」
「金子みすゞさんの言葉だろ。そんなことわかっているよ、常識だろ」
と思うかもしれない。
しかし、僕たちの塾に通う生徒の中には、ひきこもり、不登校という状態であるだけで、否定されてきた子が多い。
「みんなちがって、みんないい」だったら不登校でもひきこもりでもいいだろうに。
仕事をする、学校にいくという一般的な「正しさ」を押し付けられて苦しんでいる人たちが僕の塾にはたくさんいるのだ。生徒と話してみるとわかる。みんなの価値観は多様だ。その違いが、ある1つの社会や学校の価値観やルールに適応できなかっただけで、全否定するのはひどいではないか。
「甘えるな! 社会や学校に合わせることも必要だ」という声もあるかもしれない。
しかし、ひきこもりや不登校の生徒が適応できる社会、または学校がそこではなかったと考えることもできる。そう不登校やひきこもりの生徒たちも学校や就職した会社のコミュニティにこだわる必要はなく、今よりもっと社会適応できる別の居場所を探してもいいのだ。
生徒のことを考えていたのに、僕はそこで気づいてしまった。僕は講師という仕事に社会適応しているのではないかと。
講師の役割とは半径10mの社会適応を生徒に提供することで、マネージャーとは半径10mの社会適応を提供する人材を育て、生徒に提供する仕事なのだと。
社長が生産性を追求するのは当然だ。会社を存続し、理想を達成しなければいけないからだ。しかし、会社という箱の中身が空っぽだったらガッカリだ。会社はきれいなお菓子箱で、講師は箱を埋めるクッキーなのだ。そしてマネージャーはクッキーの品質管理者であり、販売員だ。
たとえ生産性が低いと評価されようが、給料が低かろうが、講師の僕は美味しいクッキーだ。惨めになる必要などないのだ。そして、僕は生徒への支援を充実させるクッキーになりたい。「半径10mの社会適応」を提供できる人間になりたいからだ。
僕の自尊心を回復してくれたこの本に感謝したい。
なりたい自分を言語化してくれたこの本に感謝したい。
僕は社会適応を必要としている人たちに届けたいのだ。
「みんなちがって、みんないい」
***
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