【ネタバレあり】まいりました、先生
*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:大村沙織(リーディング・ライティング講座)
「やっちまったー!!」
ふと我に返った私の第一声がこれでした。
何をやっちまったかというと、本の最初に戻って始めからストーリーを読み返す、すなわち二度読みをしていたのです。
「あれだけしないと決めていたのに……」
この本を読み始めたとき、私はささやかな決意をしてからこの本に挑んでいました。
それは「この本を読み終わった後、絶対に読み返さない」こと。
ところが読了後、その決意は頭の中から跡形もなく消え去り、私の手は自動的に最初のページをめくっていました。
「イニシエーション・ラブ」には読み終わった直後、読者の誰しもが二度読みしてしまう魔法がかけられているんですね、きっと。
この本を知ったのは10年以上前のこと。
研究室のメンバーと雑談をしていて、何かの拍子にこの本が話題になりました。
とにかく100%驚かされると、その本を推す先輩は力説していました。
しかし私の触手に、その本がかかることはありませんでした。
なぜなら、その本が普通の恋愛小説だと思い込んでいたからです。
先輩が言う「驚かされる」要素は予想外のライバルの出現だとか、主人公のあり得ない選択だとか、恋愛小説の範疇で起こるイベントからもたらされるものだろうと、高をくくっていました。
当時研究室で紅一点であるにもかかわらず、色恋沙汰とは全く無縁の生活を送っていた私。
「恋愛小説なぞにうつつを抜かしている場合か!? ストーリーとして楽しむなら、世の中にはもっとふさわしい本がたくさんあるでしょ? ハラハラするなら恋愛小説じゃなくてもできるし」と主張し、恋愛小説を読むことも避けてきました。
今思うと恋愛でキャッキャウフフしている主人公達へのひがみでしかなく、完全に拗(こじ)らせ女子の思考パターンに陥ってしまっているのですが。
閑話休題。
「イニシエーション・ラブ」の情報はインプットされたものの、とにかく私のアンテナは反応しませんでした。
その後本屋で見かけても、仲良さげに手を繋いでいる手元にフォーカスされた男女の表紙だって、なるべく目に入れないようにしていたくらいです。
乾先生、この場をお借りして、心から謝罪いたします。
よく知りもせず、手にも取らずに避けてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
しかしかの本が思わぬ形で手元に来ました。
2021年の天狼院書店のBEST OF どんでん返し福袋。
わくわくしながら開けた箱の中にその姿を発見してしまったとき、苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまったのは言うまでもありません。
その福袋は順番を指定されており、程なくして私は作品と向き合わねばならなくなってしまいました。
ここに来て、私は覚悟を決めました。
10年ぶりの因縁、受けて立ってやろうじゃないの!
勝つためにはまず敵を知らねばということで、改めて背表紙のあらすじに目を通し、驚きました。
「恋愛小説じゃなかったの!?」
そこにははっきりと「傑作ミステリー」と書いてあり、畳みかけるように本の帯に「元祖二度読みミステリー」とあったのです。
確かに、ただの恋愛小説はどんでん返し福袋には入らないですよね。
10年前に先輩が言っていた「驚かされる」というのもミステリーの部分に対する感想だったのかもしれないと思い直しました。
しかし買った喧嘩を今更引っ込めるのも、何だか納得いかない。
そこでとったささやかながらの抵抗が「この本を読み終わった後、絶対に読み返さない」だったのです。
「二度読み必至!!」と自信たっぷりに言われ、勝負としてこれに応じない手はないと思いました。
一気読みを指定されていたので、早速腰を据えて読み始めました。
第一部まで読んで、震えましたよ。
恋愛に奥手な大学生の主人公が合コンで一人の女の子に出会い、恋に落ち、デートを重ねて最後には結ばれるという、見事なまでに平凡な筋立てだったからです。
少女漫画のようにライバルが現れるでもなく、主人公が繭子という女の子のために努力する姿が淡々と描かれるだけ。
残り半分、読みきれるか不安になりました。
「これはどんでん返し本、これはどんでん返し本……」
呪文のように唱えながら、やっと続きを読み始めました。
第二部は大学を卒業した主人公が会社に入ったところから始まります。
業務の関係で東京に異動することになった彼の懸念は、静岡に残すことになる繭子のこと。
繭子には「毎週静岡に会いに行く」と約束するものの、多忙な業務、崩れる体調、巧みに誘ってくる同期の美弥子の存在もあり、揺れる主人公の心。
第二部は物語に動きがあり、一部よりも読みやすいことに私は安堵しました。
同時にどことなく主人公に対する違和感を覚えていましたが、繭子と付き合ってキャラ変でもしたのかしらん? と軽く考えていました。
読み終わった今となっては、違和感に気づいていたのに思考停止してしまっていた自分に「馬鹿野郎」と言ってやりたいです。
私が仕掛けに気づいたのは最後の最後、主人公と美弥子が美弥子の両親に会うことになった場面。
物理を専攻していると主人公は話していたが、第一部の主人公は数学科だったはずで……あれ?
そして問題の最後から二行目。
えー!!?
待て待て待て待て!
繭子、いつから夕樹と付き合ってたっけ?
疑問が怒涛のように頭を駆け巡りました。
繭子が「体調悪い」と夕樹に会わなかったのは辰也との子供を堕ろしていたから?
辰也がホテルをキャンセルしていたけど、まさかそのホテルは繭子と夕樹がクリスマスに過ごしたホテルなんじゃないか?
繭子が禁煙をやめたのは堕胎の前後じゃないか?
繭子がなくしたと言っていたルビーの指輪は辰也に返したから手元になかったんじゃないか?
気づいたら疑問を解消するために指が最初のページをつかみ、最初から読み進め、冒頭の一言に至ったというわけです。
乾先生、完敗です。
小説だからこそ可能な叙述トリック、時系列の入れ替え。
第一部はこのためにあったんだと、読み終わった今なら分かります。
そしてこの本の一番のキーは、文句なく繭子という女の子でしょう。
「二度目の相手もたっくん。三度目の相手もたっくん。これからずっと、死ぬまで相手はたっくん一人」
この発言をまっすぐに受け取れなかったのは、私だけではないと思います。
個人的には彼女が夕樹と生涯添い遂げたとは思えず、また別の「たっくん」と過ごしているのでは? と思えてなりませんでした。
彼女がなぜ「たっくん」にこだわるのか?
彼女は何を考えているのか?
掴みどころのない彼女の頭の中が、ひたすら空恐ろしいのです。
でもそんな彼女がどんな人生を歩むのか、怖いもの見たさで見てみたい気持ちも確かにあるのです。
乾先生、教えてください。
先生は何を考えて彼女をあのようなキャラクターに作り上げたのですか?
彼女のことが気になってしまって、仕方がないんです!
この気持ち、どうにかしてください!!
≪終わり≫
***
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