「気配り」は「道(どう)」である
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田理香(ライティング・ゼミ日曜コース)
「休憩する前にやることあるんじゃない?」
朝のお茶出しが終わって、一息つこうとソファーの隅っこに座った時だった。
1年上の先輩がスーッと横に来て、耳元でささやいた。
「はいっ!」という返事と共に勢いよく立ち上がったが、何をすればいいのかわからない。
キョロキョロと周囲を見渡すと、机の上の灰皿に吸い殻が1本入っていた。
すぐに灰皿に近づき手に取ると、外にある吸い殻入れに捨てに行った。
灰皿を机の上に戻し、「ふ~っ」というため息とともにまたソファーの隅っこに腰かけた。その瞬間、また先輩がスーッと近寄ってきて「何かすることあるんじゃない?」と耳元でささやく。
「もう今日はこれで何度目だろう……」そんな思いを顔に出さないようにして、また1本だけの吸い殻を捨てに行った。
1980年代後半、まだ「受動喫煙」や「パワハラ・セクハラ」といった概念のない頃のことだ。
社会人1年目の私が、配属先でまず最初に教えられたことは、同じ係の先輩方の湯呑茶碗やコーヒーカップを覚えることだった。
そして、それぞれの飲み物の好みを覚えること。
Aさんは、魚文字の入った湯吞みにぬるめの緑茶。Bさんは、クマの絵柄のコーヒーカップにインスタントコーヒーとクリープと砂糖を2杯。Cさんは、緑色のコーヒーカップにインスタントコーヒーで、薄めのブラック……と、10人ほどいる先輩方の好みも様々。
今の時代であれば理不尽なことで、お茶くみを強要すればパワハラになりかねないが、当時はそれが「普通」のことだった。
年の近い先輩方もやってきたことだし、当然ながら仕事ができない私にとっては、「新人でもできる仕事」と前向きに受け止めた。
ところがこの「新人でもできる仕事」と思ったのが間違いだった。
私は、コーヒーを飲んだことがなかったのだ!
当然インスタントコーヒーや砂糖の分量が分からない。
見よう見まねで適当に作ったコーヒーをひと口飲んだ先輩の1人は、黙ったままコーヒーを給湯室に捨てに行った。
……ショックだった。
後輩とはいえ、他人に入れてもらったコーヒーを捨てる人がいる、ということもショックだったが、「それほど不味かったのか?」と衝撃を受けた。
悔しかった。
そして、恥ずかしかった。
その日から、コーヒーの入れ方を研究した。
飲んだことのないインスタントコーヒーを、薄い味から試してみた。
コーヒーの分量やクリープの分量、砂糖の分量を色々試して、自分なりの「美味しい割合」を探した。
自分なりの割合を見つけると、それを先輩方に飲んでもらい、好みの味に近づけていった。
お茶くみだけではない。
職場での気配りも求められた。
電話は2コール以内に取ること。
3コール鳴らしたら「お待たせしました」と言ってから対応すること。
机の上の灰皿は常にきれいにすること。
机の上のカップや湯呑が空になっていたら、下げて洗っておくこと。
他にも多くのことを「新人の仕事」と言われ、先輩が先に気づくと「やることあるんじゃない?」と耳打ちされた。
こんなことを言うと、「ひどい会社だね」とか「理不尽だね」と思う人も多いかもしれないが、特に私のいた職場が「ひどい職場」だったわけではなく、「そういう時代」だったのだと思う。
ただ当時は、片時も気が休まることがなく、常に緊張して周囲にアンテナを張り巡らしていたのも事実だ。
そんな日常も、1年も経つとすっかり慣れ、さらに後輩が入ってきて自分が注意する側になると、気づくことがあった。
それは、自分が新人の頃に比べ、はるかに「気配りができる人間」になっているということだった。
常に周囲にアンテナを張り巡らせるため、向かいの席で電話を取った人が、書類がなくて困っていることに気づくことができる。そしてその必要な書類を、手渡せるようになっていたのだ。
集中して仕事をしていても、コピー機が紙詰まりを起こした音や、「誰か〇〇知らない?」という話声が聞こえてくる。聞こえるので、誰よりも早く対応ができた。
いつの間にか「前田さんは気が利くね」と言われるようになっていた。
「気が利く」「気配り」というのは、センスや才能だと思っていた。
実際には、「気配り」は「反復練習」……同じことを繰り返しやり続けることで身につく。
茶道や剣道では、同じことを繰り返し繰り返し行い、自然と体が動く状態にまで突き詰める。それによって「心」が入っていく。それが「道(どう)」と言われている。
つまり、「気配り」は「道(どう)」なのではないだろうか。
「道(どう)」は、本質を守りつつも時代の変化を柔軟に取り入れることで、その道を守り続けている。
「気配り」も今の世の中にあった方法で、次の時代に残る「道(どう)」となることを願う。
***
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