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「大好きだから、離れる」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:珠弥(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
家を出ると決めた日が、愛犬が亡くなってからちょうど四十九日と重なっていた。
そのことに気が付いたのは、3月も終わりの頃だった。
 
3月13日以降は、愛犬がいない日々。それでも、私の人生は続いていく。
日中は、なんて事はない顔をしながら仕事をこなしたし、休日は、緊急事態宣言が出る間際だったので、しばらく会えなくなりそうな友人との約束はそのままにして、取り繕った笑顔で遊びに出かけた。帰宅して、素の自分に戻った時は大変だ。涙が止まらなくて大号泣した。
 
そんな私と、夜な夜な悲しみを共有してくれていたのは、母だった。
 
母は、保育士を何年か務めた後はずっと専業主婦だった。性格もおっとりしていて、滅多なことでは怒らない、優しくて娘から見ても純真な人柄だ。
思春期の頃は、母の無垢で素直な言動が、友人や保護者の癇に障らないか、内心冷や冷やしていたし、そのことで一方的に喧嘩をしたこともある。けれど、どんなに喧嘩をしても、三食欠かさず、毎日母は料理を食卓に並べてくれた。
 
私の考え方や性格は父親譲りの部分が多いと自負している。だからというわけでもないけど、実家にいる時は父親と話をすることが多かった。それでも、母親と愛犬は、同じリビングにいてくれて、相槌を打ってくれていた。
 
前職では、残業が辛かった日々がある。福祉という業界独特の奉仕に向かう気持ちと、お世話になってきた先輩たちが次々に体調不良をきたす職場環境に、私も少しずつへばっていった。
 
ある日、いつもよりも精神的に弱ったまま帰宅したことがある。残業をして、管理職の上司に申し立てても、取り合ってもらえず、社内の労働組合に話をした日だった。
残業をして、回らない頭で、自分の部署で起きていることを説明したが、組合員の力では何もできないというあっけない答えだけ言い渡されてしまった日。
家族で一番遅くに帰ってきた私は、ただいまも言わずに、リビングに座り込んだ。
 
リビングの机には、母の手によって小皿で取り分られたご飯があった。私の分だとすぐに分かった。
好物の筍ご飯。母がそっと出してくれた茶碗から一口頬張る。途端に、温かくて慣れ親しんだ味が口の中に広がって、それだけでなんだかほっとした。
黙り込んでいると、何かを察した愛犬が、私の膝元にピッタリと身体を寄せてくる。そうやって、社会人生活で打ちのめされる日があっても、母や愛犬は変わらずに傍にいてくれた。体温と食事から温かい愛情を摂取した私は、泣きべそをかきながら沢山夕ご飯を食べ続けた。
 
「泣かないの」
 
母は一言だけ、私に声をかけたと思いきや、そのまま愛犬に話しかけていた。黙って私が食べ終わるのを待っていてくれたのだと、今だから思う。
ハク様のおにぎりで号泣した、千尋の気持ちが理解できた瞬間だった。……私は筍ご飯だったけれど。
 
「悲しいからこそ、きちんと食べなくちゃ」
 
愛犬がいなくなってからも、母は家族全員のために、欠かさず手料理を出してくれた。
支度する姿を眺めながら、一緒に買い物へ行った時のことをぼんやりと思い出す。販売員や商店街の店主とすっかり仲良くなって、沢山のおまけが付けられていくのだ。
 
「あら、娘さん?」
 
お店の人にまごつきながら挨拶すると、“母の娘”というだけで、私にも沢山の試食が手渡された時、母と店の人は素敵な関係を築いているなと尊敬した。
愛犬の性格は、飼い主に似るという。親バカにしか聞こえないかもしれないが、我が家の愛犬は、とびきり優しくて人の気持ちを汲み取れる聡い子だった。
きっと、愛犬は一番いる時間が多かった、母親に似たのではないだろうか。
 
4月29日。私は、初めて実家を出た。
 
「本当に行っちゃうの?」
 
寂しそうに言う母の言葉に、ギュッと胸が苦しくなった。もちろん、一生会えないわけでもないし、そんな遠く離れた地域に住むわけでもない。けれど、私にも離れたくない気持ちや理由は沢山あった。愛犬との思い出は全てこの家にあるし、母親のご飯はいつも私を助けてくれた。何の変哲もない、素朴な実家には、温かい思い出が詰まっていた。
 
大好きな思い出が沢山あることを、より実感できるようになったのは実家を離れたから、というのも事実だ。だからこれは、寂しい引っ越しなんかじゃない。
 
「また遊びに来るね」
 
私は精いっぱい、笑いながら答えた。
 
人の魂は、この世を去った四十九日後に、えんま様の判決を受けるらしい。
愛犬は犬だけど、きっと我が家での役目を全うして、極楽浄土へ旅立ったと信じている。そんな日が、私の引っ越す日と重なったことだって、きっと偶然ではないとも、密かに思っている。我が家を離れた愛犬が、同じく実家を出ていく私の門出を祝ってくれたと思う方が、私自身も勇気付けられた。
 
これからも私は色んな経験をするのだろう。悲しかったり嬉しかったりする出来事が起きたら、実家に帰って愛犬のお墓を掃除したり、両親に連絡を取ったりしてしまうのだろう。
そんな日を織り交ぜながら、愛犬と母に貰った温かなものを、今度は私が誰かに届ける役目が回ってきたのだと感じている。私なりの方法で、どこかの誰かに温かいひと時や言葉を、渡せることができるように生きていきたい。
 
今日も愛犬の遺影に挨拶をして、布団に潜る。近々母に連絡して、筍ご飯の作り方を教えてもらおうかと思う。
 
……そうだ、もしよかったら一緒に作ってみませんか? 美味しいんですよ、とっても。
 
 
 
 
***
 
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2021-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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