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若者よ、棒針と毛糸を持て


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田玲菜(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
時計の針が、午後2時を指す。
毎週火曜日は、編み物教室だ。
利用者は各自、思い思いの毛糸を持ち寄って、大なり小なりの作品を作り上げていく。
いつもはにぎやかな施設内も、この時間だけは水を打ったように静まり返る。
たまに沸き起こる歓声は、誰かの作品が出来上がった合図だ。
歓声があがると、私はパソコンから離れ、作品を見に行く。
一つ、二つ……。
作品を写真に撮り、インスタグラムにアップする。たちまち100を超える「いいね!」と好意的なコメントが押し寄せる。
出来上がった作品を丁寧にラッピングし、作者に渡すと、花が咲いたような笑顔になった。
私はずっと不思議だった。
目も悪くなり編み目もよく見えない、手を動かすのもおぼつかない、数分前のことすらすぐに忘れてしまう、そんな認知症の高齢者が、何故、あんなに編み物にはまるのか。
 
6年ほど、認知症の高齢者施設で働いたことがある。
その施設ではさまざまなレクリエーション活動をしていたが、その中でも編み物教室はダントツの人気講座だった。
人生の中で、何度周りが編み物ブームに巻き込まれようと、かたくなに編み物に手を出さなかった私は、施設で働いた6年間もずっと編み物を避けていた。
だから編み物教室も、編み物が得意なスタッフに丸投げし、私は事務作業、作品が完成した時だけ写真係とラッピング係を担当していた。
 
外から眺めてみると、編み物教室の時間は明らかに他のレクリエーションと様子が違った。
昼食後の昼休みは、声がかれるほど大声でおしゃべりをし続ける、というのが、この施設の利用者の愛すべき特徴だったのだが、編み物教室が始まった途端、さっきまでのおしゃべり集団はどこに行ったのかと思うほどに、皆、一斉に静かになるのである。
忙しく動く場所が口から手に切り替わり、1時間ぶっ通しで編み進めていくのが彼女らの常であった。
 
「おばあちゃん」「編み物」とこの二つの単語を並べると、白髪のお団子ヘアに丸眼鏡をかけたちょっとふくよかなおばあちゃんが、暖炉にあたためられた部屋の窓辺でロッキングチェアに揺られ、にこにこしながら孫のセーターを編んでいる、とかいうほのぼのとした情景が思い起こされるのではないだろうか。
否。現実は似て非なるものである。
「ふくよか」「窓辺」「チェア」とワードはところどころ似通っているのだが、決定的に違うのはその表情と雰囲気だ。
「にこにこ」というより「無心」。
「ほのぼの」というより「修行」。
編み物教室の時間だけを切り取って見てみると、そこは禅寺ではなかろうかと思えるほどの、ほどよい緊張感と集中に包まれていた。
 
施設の廃業と共に福祉の現場から離れて2年が経った頃。
思いがけず自由な時間が増え、何か新しいことを学んでみようかと思ったとき、ふと私の頭によぎったのはあの頃の高齢者の姿だった。
彼女たちがあそこまで熱狂した「編み物」とは何なのだろう?
突然、その正体を知りたくなった。
 
初心者向けの通信講座を申し込み、基本の編み方を学ぶ。
最初は不格好だった編み目も手が慣れてくると、きれいに揃うようになっていった。
毛糸の輪っかに棒針を通し、毛糸を回しかけ、引き抜く。
同じ動作を何度も何度も繰り返す。
一段編み終わったら、編み目を数え、編み間違いがないか確認する。
また、次の段を編んでいく。
同じ動作を何度も何度も繰り返す。
 
気づけば、1時間どころか3時間くらいの時が過ぎていた。
その間、かたわらに置いたお茶は中身が全く減らないままに冷えきってしまい、椅子と両足と床が溶けてつながってしまったのかと思うほどに、私は一歩もそこから動いていなかった。
「編み物以外のことをしていない」まさに没頭した瞬間であった。
私の部屋は禅寺と化した。
 
編み物を始めて3か月が経つ。
最近は編み方も覚えてきて、いちいち説明書を見直さなくても編み進められるようになってきた。
相変わらず、編み始めると余裕で2~3時間が経過している。
最近、気づいたことがある。
「編み物は瞑想だ」と。
瞑想をちゃんとやったことはないが、瞑想をしたら得られるとよく聞く、スッキリ感や心のもやもやの整理、リラックス感が、編み物をすると得ることが出来るのだ。
何より仕事で行きづまった時、編み物をすると、突然アイディアが降って湧いてくるという経験が、この3か月間で少なくとも3度はあった。
彼女らが熱狂した編み物の正体はこれだったのだ。
 
編み物をしている時の心理状態は、ぐちゃぐちゃに絡まった毛糸を少しずつほどいていく作業に似ている。
一目一目編み進めていくごとに、日常の中で処理しきれなかった雑多な出来事や感情、インプットし過ぎた情報が一つずつ整理整頓されていくのである。
高齢者の趣味、とあなどることなかれ。
編み物は情報の渦に埋もれて過ごす私たち若年層にもおすすめの趣味なのである。
 
 
 
 
***
 
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2021-02-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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