52ヘルツのクジラは複数形
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記事:長澤 道夫(ライティング・ゼミ平日コース)
本屋大賞ってご存知ですか?
私は最近まで知らなかったのですが、芥川賞や直木賞を受賞した作品よりも売り上げ部数が伸びる今注目の文学賞です。
偉い先生による審査ではなく、普通の書店員による投票という民主的な仕組が今の時代にフィットしているようです。
大賞の発表は4月ですが、先日、ノミネートされた10作品が発表になりました。
私のおすすめは、町田そのこさんの「52ヘルツのクジラたち」
出版元の中央公論社の特設WEBサイトによると、既に、「読書メーター」、「王様のブランチ」、「ダ・ヴィンチ」の大賞を続々受賞しているようです。
52ヘルツのクジラ? 小説のタイトルにしては変わっていると思いませんか?
ファーブル昆虫記のクジラ版のような本なのでしょうか?
私も、不思議に思って、WEBで52ヘルツの鯨について調べてみました。
ウィキペディアによると、52ヘルツの鯨は、アメリカのウッズホール海洋研究所が1989年に発見した正体不明の鯨の個体で「世界でもっとも孤独な鯨」と呼ばれているそうです。
普通の鯨は20ヘルツ程度で鳴いているのに、この鯨だけが一人で高い声で鳴いているため、このように呼ばれているのです。
人間の男性の話し声は500ヘルツ。女性のソプラノ歌手の歌声は2,000ヘルツですので、鯨は随分低い声で話しているんですね。
そういえば、鯨は人間と同じように歌ったり踊ったりすると聞いたことがあります。52ヘルツの鯨は大海原の舞台でソプラノを独唱しているのでしょうか?
でも、「52ヘルツのクジラたち」の特設WEBサイトにはこう書かれています。
「他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラ。たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かない、何も届けられない――」
「おかあさんが、大好きだった。 人生を家族に搾取されてきた女性と、母親に「ムシ」と呼ばれている少年。 愛を欲し、裏切られてきた孤独な魂が出合い、新たな物語が生まれる」
そうです。このお話しはファーブル昆虫記の鯨版や大海原でのクジラのソプラノの独唱などではない。家庭内暴力や児童虐待の話しなのです。
私は、読みながら、なんども、なんども泣きました。
こんなことが例え小説のなかであっても、あってよいのかと。
著者の町田そのこさんは福岡県生まれ福岡県育ちの40歳。北九州市立高等理容美容学校を卒業後、理容院や菓子店などに勤務し、結婚、出産後、2017年に連作短編集「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」で作家デビューされました。
「52ヘルツのクジラたち」が初めての長編小説とのことです。
本の情報サイトである「好書好日」に町田さんのインタビュー記事がありました。
「私にも子どもがいるので、虐待児童のことは以前からずっと気になっていました。ニュースを見ながら、虐待された子はどうしたら救いの手を差し伸べることができるんだろうと考えていたんです」
家庭内のことは外からは簡単には状況がつかめません。安易な善意が事態を悪化させることだってありえます。本の中にもそのような話が出てきます。
主人公の三島貴湖が小学校四年の時、担任の女性教諭が三者面談で母親に貴湖の制服にいつもアイロンがかかっていないことを指摘したのです。
この薄っぺらな善意が、どんな苦しみを貴湖にもたらすかも知らず。
家庭内暴力、児童虐待。とても重いテーマです。
「もし自分だったら何ができるかを真剣に考えた。そして、宙ぶらりんな終わり方にするのは絶対にやめよう」
そう考えた執筆に臨んだとインタビュー記事で町田さんが答えています。
重いテーマではありますが、さすが本屋大賞ノミネート作。
沢山、泣きながら、怒りながら、時には笑いながら、ストーリーの世界に入り込んでしまいます。
一気に小説を読んだのは久しぶりの体験でした。
昨年度の本屋大賞受賞作家である凪良ゆうさんが特設サイトにこんな言葉を寄せてます。
「なんて痛々しく力強い物語。
人と交わることで生まれる歓び、哀しみ、後悔。
それを抱えて生きていくこと
描かれる命の循環に胸を衝かれました」
詳しく書くとネタバレになってしまいますので、本の内容についてこれ以上書くのは控えますが、大きな救いは、小説のタイトルが「52ヘルツのクジラたち」と複数形になっていることです。
52ヘルツの声は、世の中全ての人に届かなくても、誰かにはかならず届く。
声に気づいたら手を差し伸べてくれる。
手をつかんだら決して離さないでくれる。
あなたは一人ではない。だから、決してあきらめないで。
そんな町田さんの想いが伝わってきます。
私も読み終えてこう思いました。
52ヘルツの声を聴けるような人になりたいと。
中央公論社の特設WEBサイトの動画の中で、町田さんはこう話してます。
「このお話は、誰にも届かない声などないと信じて書いた」と。
町田さんがこの本のタイトルに込めた想いに救われます。
今年の本屋大賞はこれできまりです!
***
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