メディアグランプリ

幸せの筋トレ 〜それは巡り巡っていく〜


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:永久保宏代(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
電車の風で舞い上がった髪を整えながらエスカレーターに乗る。今朝も満員電車の圧迫からようやく解放された。できるだけエネルギーを使わないよう自動モードで動く体は、ラッシュ時の殺気の隙間を縫うようにサクサクと歩きいつものように地上へ続く列に加わった。前を歩くサラリーマンの背中から少しだけ距離をとって歩調を合わせる。
 
朝、都心の地下鉄構内はどこもそうだが、人の列や流れには暗黙のルールがあって、そのルールと速度に合わせて分岐点や合流箇所で行きたい方向を目指して皆が器用に進む。
後方からスニーカーが歯に響く音をさせて近づいてくる。パンプスはあちこちでヒステリックにリズムを刻んでいる。人で埋め尽くされた構内は幾つもの靴音が層になって響いていた。
私の前のサラリーマンの足元にふと目をやると、多くの営業先を訪れたのか踵の外側が減っていた。
 
今日もまた擦られて減っていくのかな。
 
などと思いながら牛歩で前進。これだけ人がいるにも関わらず聞こえるのは靴音だけ。地上出口を目指して、誰もが無言、無表情でやり過ごす灰色の時間だ。
 
腕時計を見ると、その日は普段より10分ほど早かった。何だか今日はこのままオフィスに行くのはもったいない気がした。たった10分、ほんの僅かなゆとりが私の好奇心をくすぐり、何年も使っているこの駅のまだ一度も訪れたことのないコンビニへ行ってちょっとしたオヤツでも買おうと思い立った。人の流れを少しだけ逆流して駅ナカのその店を目指した。
 
たどり着いた店はとても小さかった。入店して少し後悔した。なぜなら細長く奥まったその店内は通路全てにレジへ向けて一方通行に人が並び、その列は入り口付近まで続いている。つまり客は入店と同時に並び、少しずつレジ方向へ進みながら商品を手に取るのだ。商品の前で立ち止まること、買い忘れたものを取りにいくということは列からの離脱を意味する。そもそも立ち止まって逆流するスペースさえ無い。
 
ここでも並ぶのか……まあ時間はあるし、何でもいいから気になったものを一つ買おう。
 
レジに近づくにつれて気がついた。何だかレジ付近が明るい。レジ周辺が爽やかな明るい空気に包まれているのだ。狭いレジには3名の店員さんが横に並び、そのうちの1人、50代くらいだろうかマスクをした女性が客に明るく声をかけながらレジを打っている。
「おはようございます」「あ、Suicaですね、ありがとうございます」「いってらっしゃいませ」「おそれいります」「いつもありがとうございます」目の前の客に声をかけつつ、新たに入店した客に対しても「いらっしゃいませ〜」と声をかけている。
しかもマスクの下の表情は明らかに笑顔だ。作り笑顔などではなく、目に心が宿っている本物の笑顔だ。先ほどまで灰色の世界に居た私にとって、それはとても明るく眩しく感じた。
 
並びながら客の反応を観察してみると、楽しそうに短く言葉を交わす常連さん、思わず丁寧に反応する人、他ではあまり見ない接客に戸惑いつつ不器用な笑顔を返す客。店員さんの笑顔はマスクなど簡単にすり抜けて、明らかに周りに伝染していた。
 
すごい、すごすぎる。
 
私はちょっとした衝撃を受けていた。すっかり忘れていた大切なものを見た気がした。
 
「先頭のお客様、こちらにどうぞ〜!」
 
期待に反して、笑顔ではない普通の店員さんに呼ばれたので、私も普通に無表情で素早く支払いを済ませた。
 
職場に着いてトイレで手を洗いながら、先ほどの店員さんを思い出して鏡に向かって笑顔を作ってみた。広角は殆ど上がっていない。あの時と同じだ。すっかり忘れていた記憶が蘇ってきた。
 
悩みを抱えていた若かりし頃、たまに会う当時4歳の姪と遊ぶのは現実を忘れられる楽しいひと時だった。だから姪の言葉には心底驚いた。
 
「ねぇ、おばちゃんは何で笑わないの?」
 
え?! 私笑ってない? こんなに楽しいのに?
 
慌てて鏡を見ると本当に笑っていなかった。塞ぎ込んでばかりいたせいか、普段動かしていない顔の筋肉は思うように笑顔を作れなかった。
 
その後は笑顔を心がけてきたつもりだったのに、いつの間にか日々の忙しさを言い訳に、姪との一件も、その後の心がけも記憶から消えかけていた。
 
あの店員さんに会って以来、少し早めに家を出てコンビニへ寄ることが私の日課となった。不思議なことに笑顔は見る人も笑顔にする。気になったので調べてみたら、脳神経細胞の働きで人は笑顔を見るとつられて笑顔になるそうだ。そして表情筋の刺激はドーパミンやセロトニンといった快感をもたらす神経伝達物質が分泌に繋がり気分がよくなる。笑顔は笑顔を生み、いい気分が循環していく。まさに、あのコンビニのレジ前の状態だ。
 
毎日通ううちに、あの店員さんは顔を覚えてくれた。忙しい中なのでごく短い言葉だけど声をかけてくれるようになった。店員さんのおかげで爽やかに1日を始められる事に感謝だった。私も笑顔の循環を起こせるようになりたいと思い、以前よりも表情を意識していたら周囲から笑顔を褒められるようになり、仕事も人間関係も心地よく回り出した。幸せの連鎖が私の生活に色を取り戻してくれたようだった。
 
ずっと続くように思われたそんな朝も、バイトを辞めたのだろう、いつしか店員さんを見かける事はなくなった。感謝の気持ちを伝えたいと思っていた私は、すぐにそうしなかった事を今でも少し後悔している。
 
そして昨年来のコロナ禍。リモートでの仕事は笑顔を作る必要が無い。オンライン画面に時折映る自分の顔。表情筋の衰えは明らかだ。そんな事もあって、客観的にみるとちょっと怖いけれど、筋トレだと思って誰もいない部屋で時々口角を上げて仕事をしている。笑顔は筋肉が作る。筋トレは日々の積み重ねだ。
そして外出時のマスク。あの店員さんの例でも分かるように、笑顔はマスクなど簡単に通り抜けて伝わっていく。マスクがあっても幸せの循環は作れるのだから、やっぱり笑顔を心がけたい。なんならマスク着用を逆手にとって、常に笑顔で筋肉を鍛えるという手もある。但し、やるとしたらくれぐれも怪しまれないよう横から見えない範囲で。
 
コロナが落ち着いてマスクの要らない生活に戻った時に、各々が鍛えた表情筋を使って、皆で思いきり笑顔を交わして幸せの循環が其処此処で生まれたら素敵だろうな。
 
お礼を伝えられなかったあの出会いを大切に、幸せの循環を作れる一人でいれるよう、今日も時折口角を上げてみている。
 
 
 
 
***

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2021-02-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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