メディアグランプリ

オレオレ詐欺に負けた日


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記事:ぴぼなっち(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
これから書くことは実際におこった出来事である。
 
あれは、3年ほど前の4月の一日だった。東京で10年ほど仕事をし、新しいことを始めようと70手前の両親が住む実家に戻ってきて数年が経とうとしていた頃だった。
 
あの日はとてもよく晴れた日で、陽気に誘われて桜を見物しようと京都の神社をいくつか訪ね歩き、新年度の始まりに商売繁盛の神様が祀られている伏見稲荷神社まで足を伸ばして、存分に楽しんで帰ってきた。
 
ご存知の通り、4月1日はエイプリルフールの日である。年に一度、正々堂々とウソをついて良い日である。エビスビールを飲みながら、何をネタにすればよいか昼間の伏見稲荷に行ったことを思い出していた。その夜はちょうど両親も旅行に出かけており、久しぶりにひとりビールを楽しんでいた。
 
「もしもし、オレ、たくや」
 
のんびりふけていく夜に、一本の電話がかかってきた。家の電話が鳴るのは珍しい。しかもこんな時間に誰だろうと思って受話器をあげた。
 
電話口の声から察するに、若い兄ちゃんである。
 
どこかで聞いた声のような気がする。
 
すでに何本かビールを飲んで良い気分になっていたこともあって、「はて、たくや……」どこかで聞いたことのある名前だな、なんて思いながら、声の主が誰なのか思い出そうと古い記憶をたどり始めた。
 
ここは私が生まれ育った故郷である。大学に進学するまで19年も住んでいたので、小中高の友人はたくさん住んでいる。両親も地方から出てきて30年以上たっているだろうから、仕事以外にもプライベートな繋がりもかなりあるはずだ。
 
ただ、両親の歳を考えると声の主は若すぎた。
 
とすると、私か私の弟たちの友人の誰かである。
 
「もしもし。オレ、オレ。た・く・や」
 
ふたたび、電話口の向こう側で若い男が呼んでいる。記憶にある名前なのだ。ただ、思い出せそうで、思い出せないのだ。
 
おかしなことに、電話口の「たくや」は名字を名乗ろうとしない。ふだんの私であれば気づいたであろうが、何本もビールを飲んでいた私には何か不思議な感じがするだけで、おかしいなと感じるほどではなかった。
 
「もしもーーーし」
 
しかし、間延びしたような声が聞こえた瞬間に、目が覚めた。
 
そうだ、「たくや」は私だ!
 
電話の向こう側に「私」がいるのである。
 
いやいや、私はここにいる。
 
でも、電話口の向こう側で「私」が呼んでいるのだ。
 
そう、これはオレオレ詐欺だったのだ。私の年老いた両親をターゲットに、電話口の「私」が今まさにお金をだましとろうしていたのだ。
 
警察庁の統計数値を見ていると、昨年令和2年は、年間で約400件近いオレオレ詐欺が発生しており、被害総額はなんと12億円を超えている。近年増えている、年老いた両親の老後の生活資金を狙った悪質な犯罪だ。
 
オレオレ詐欺に気づいた私は、電話口の兄ちゃんをなんとしてでも捕まえたいと思い始めた。こんなチャンスは滅多にない。いつかテレビで見たような「東南アジアの一室で詐欺集団を根こそぎ逮捕」にはつながらなくても、おばちゃんの振り込め詐欺を未然に防いだコンビニの店員さん程度にはメディアに取り上げてもらえるかもしれない。
 
これはヒーローになるチャンスだ!
 
俄然、勇気が湧いてきた。私はすっとぼけたふりをしながらなんとかして捕まえてやろうと頭を回転させはじめた。なにせ、国立の大学に入ることができたくらいである。考え事はお手の物だ。
 
「もしも〜〜〜し」
 
妄想が頭の中を駆け巡る間、電話口の「たくや」はいぶかしがり始めたようだ。なにせ、私は一番最初に「もしもし」と言って電話に出て以来、一言も発していなかったのだ。
 
どうすればいい?
 
どう切り返せばいい?
 
考えれば考えるほどに、ビールが頭の中を駆け巡り、まったく良い案が思いつかない。
 
『たくやは、私ですが』
 
やってしまったーーーーーーー。
 
無意識に発した一言は、最悪の一言だった。電話口の双方で、一瞬時間が止まったような気がした。
 
「え?」
 
『え!?』
 
「えっと……」
 
気まずい時間は、なぜこれほど長く感じるのだろうか。エビスビールの酔いがもたらす黄い渦と、千歳一遇のチャンスを逃した後悔の念の黒い渦が混ざり合い、私の頭の中でぐるぐるマーブル模様のように渦巻いていた。
 
「ぷー、ぷー、ぷー……」
 
私が気づいた時にはすでに、電話は切れた後だった。
 
私は、まんまと「たくや」を逃してしまった。
 
危険を察知してなんとか難を逃れた「たくや」の歓喜の様子は、想像にたやすい。何せ、本物のたくや(私)に電話をしていたのだ。きっと、「あぶねーーーー」と叫びながら、仲間に危険を回避した武勇伝をまくし立てていたことだろう。
 
私は電話の向こうの「私」に負けたのだ。
 
もう、エビスビールはただ苦いだけの黄色い液体に変わり果てていた。
 
相手は私を装って私の両親に電話をかけてきていたのだ。だから、父のフリをするとか母のフリをするとか、やりようはたくさんあっただろうに、まさか電話を受けた私が「本物のたくや」であることを正直に名乗るバカがどこにいようか。
 
かくして、この年のエイプリルフールのネタは、すべて電話の向こうの「たくや」に持っていかれてしまった。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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