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小銭入れの中身


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記事:佐川憲子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
初めてもらったお小遣いを、私は落としてしまった。
あれほど気を付けなさいと、母から言われていたのに。
正確には置き引きにあったのだが、子供心に大きなショックを受けたことを覚えている。
 
当時の担任の先生が教育熱心な方で、算数の授業でやったことを、実生活の中でお金を使いながらより深く学ばせようと、休日にもかかわらず私たちをショッピングモールに連れて行ってくれた日のことだった。
先生からは事前に、当日は500円を持ってくるようにと言われていて、授業で使っているお道具箱の赤や黄色、青のおはじきとは違う、銀色の100円玉5枚を、母がお小遣いとして持たせてくれた。
本物のお金を持ち歩くという慣れない緊張感と、よそ行きの格好で先生や友達と学校の外で会うという非日常的な機会に、私は完全に舞い上がっていた。
そんな私とは違って、友達は普段から通学路にある商店で、学校から帰る途中に駄菓子を買っていたため、お金の扱いに慣れていたように思う。
 
先生はまず、私たちをショッピングモールのフードコートに連れていき、全員に飲み物を奢ってくれた。全員といっても、私が通っていた学校は小さな分校だったため、クラスメイトは私含めて4人だ。
注文した飲み物ができ、店員さんに呼ばれるまで、先生は私たちをテーブル席に座らせ、今日の説明をしてくれた。
一通り先生の話を聞き終わると、私は母が貸してくれた可愛らしい小銭入れを友達に見せたくてつい、テーブルの上に出してしまった。
それがよくなかった。
注文した飲み物をみんなで一緒に取りに行こうと席を立った時に、そちらに気を取られていた私は、テーブルの上の小銭入れをバッグにしまい忘れたのだ。
飲み物を手に、みんなとテーブルに戻ると、そこにあるはずの小銭入れが無くなっていた。
当たり前である。
慌てふためいた私は、カバンの中をひっくり返し、洋服のポケットを何度も何度も確認したが、出てくるはずもない。誰かが持って行ってしまったのだから。
落とし物として、誰かが届けてくれたのではという淡い期待も、インフォメーションのお姉さんの、今のところそのような落し物は届いておりません、という答えで打ち砕かれた。
 
小学1年生の私にとっては大金であった500円と、母が貸してくれた小銭入れを誰かに盗られてしまったショックと、ドジな自分のせいで先生やみんなに迷惑をかけてしまったことへの申し訳なさで、私は半べそをかいていた。
その場は先生が500円を貸してくれ、なんとかみんなと一緒に文房具などの買い物をし、おつりはいくらで、手元に残ったお金はどんな種類のお金で、500円でどんなものが買えたかなど、算数や生活の勉強をできたのだが、それ以上に、世の中には落とし物を届けてくれるような良い人ばかりではなく、他人の物を盗るような人もいること。お金を持ち歩く時には十分気を付けなければいけないことなど、生きていくうえで大切なことを学んだのだった。
 
人は失敗をして、痛い思いをしながら一つずつ学んでいく。
机の上で、色とりどりのきれいなおはじきを並べ替えているだけでは学べないことだってあるのだ。
ただ、大人になればなるほどこの痛い思いに対して、私もそうだが臆病になりがちだ。
子供の頃は、失敗しても親や先生、友達が教えてくれるし助けもしてくれるが、大人になるとそうはいかないからだ。
だけど、怖くてじっとしていたのでは、大切なことが何なのかもわからないままだ。
それではもったいないと、自分で自分のお尻を叩く。
本当に大切なことは誰も教えてくれないなら、自分で学んでいくしかない。
小銭入れやお金以外の目には見えない、もっと大切なものを、落としたり拾ったりして人は生きていくのかもしれない。
それは落としたら最後。もう戻ってくることはないが、その代わり経験から得られた教訓や人からの信頼、知識、思いやりといったことは、一度自分のものにすれば誰かに盗られることはないし、自分が得たことに対しては、誰も何も言わない。
 
小学1年生の私にとって失った500円は大金ではあったが、こうしてああでもない、こうでもないと今でも多くの学びを与えてくれていることを鑑みると、置き引きに500円では少なかったかな、などと大人になった私は思うのである。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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