気持ちという“味付け”
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記事:吉田ほさな (ライティング・ゼミ)
「気持ちを言語化することがすごく上手だよね」
私が今まで友人に言われた褒め言葉の中で1番嬉しかった言葉だ。
友人いわく、私は自分の思いや感情を言葉で相手に伝えることが得意らしい。
あまり意識はしていなかったが、確かに私は普段から自分の気持ちを言葉にして整理しようとしているかも、と自覚した。
自分の無意識的な言動を褒めてくれたことを純粋に嬉しく感じ、同時に自分の思わぬ特性を知った。
「どうやって気持ちを言語化してるの?」
どう? と問われ、考えてみるとこんな感覚が思い浮かんだ。
「その味付けに使われている調味料を探る」
少し変かもしれないけど。
自分の気持ちを言語化する感覚について「味付け」という言葉を使うのは、小さい頃の母とのやり取りが1番しっくりくるからだ。
小学生の頃、母が台所に立つ時はいつもお手伝いをした。
他のお手伝いは嫌いなくせに、料理の時だけは率先してやった。
母は料理が上手で、私もそんなふうになりたいと密かに思っていたからだ。
ある時、お手伝いをしながら、ふと母に聞いてみた。
「私、お母さんみたいに料理上手になれるかな?」
「大丈夫、なれるよ。料理上手になるコツを教えてあげようか?」
少しワクワクした。
相手のことを想いながらつくるとか?
おまじないをかけるとか?
色々想像を膨らませながら元気よく
「うん!」
と返した。
でも、母から返ってきた答えはかなり現実的なものだった。
「美味しい! って思う料理があったら、その味に使われている調味料を当てるの」
「例えばこれ、何が入っていると思う?」
自分の想像と違ってちょっとしょんぼりする気持ちはすぐに消えて、「調味料当てゲーム」の始まりだ。
「んー、醤油とお砂糖と、みりん!」
「そうそう、当たり! あとね、これはバターが入っているからこういう良い風味になるのよ」
ちょっと適当に言ってみた答えが意外にも当たっていて、当てずっぽうだったが「さすが私!」と心の中で自画自賛した。
バターには気づけなかったけど……。
母いわく、自分がつくりたい味は何を入れればできるのか、これが分かるようになると上手に味付けを出来るということだった。足りないものと多すぎるものが分かるらしい。
母がつくる料理や出先で食べる料理で、美味しいと感じるものがあれば、時々こうやって「調味料当てゲーム」しては、母が隠し味を教えてくれた。お店の料理でも自分がつくっているかのように教えてくれる母を少し不思議に思いつつ。正解は分からないけど、母は料理上手だからきっと合っている、と思っていた。
慣れてくると自分でもお味噌やごま油など、味のアクセントになっているものに気づけるようになった。
料理上手になれる未来が見えてきて嬉しかった。
私が自分の気持ちを言葉にできるのは、母とやった「調味料当てゲーム」の影響だと思う。表面に出てきている味に使われている調味料の調合を探るように、表に出てくる感情に含まれる細かい気持ちを探ることができるのだ。
例えばこう。
表に出てきている感情は「デートに遅刻してきた彼氏への怒り」
それをつくりあげている調味料たちは、
何かあったのかなという心配、大さじ5
無事に来てもらえるかという不安、大さじ2
楽しみじゃなかったのかな、小さじ2
私は早く会いたかったのに、小さじ1
遅刻を理由にパフェご馳走してもらおう、1つまみ
表面に出ていている感情がそのまま自分の気持ちとは限らない。
怒りの裏に不安や心配があったり、喜びの裏に切なさがあったり、
心は複雑で隠し味が多い。
自分の感情がどんな思いから成っているのか。
引っかかりやネックになっているところはどこなのか。
ちょっと濃すぎると思った時に、入っている調味料が分かれば、どれを減らせばいいか分かる。同じように、怒れてくる時には「不安になりすぎなくても大丈夫だよ」って自分に言ってあげられるんだ。
自分の気持ちを言葉にしていく中で、自分への理解も自然と深まっていく。
「その人を大事にするということは、その人の言葉を大切にするということ」
母が言っていた教えのひとつだ。
ずっと他者との関わりについての教えだと思っていたけれど、実は自分に対しても言えることかもしれない。
自分で言葉にするということを大事にすることは、自分のことを大切にしていふということじゃないかと思う。理解しようと思いを巡らせ、言葉にすることは自分への愛情だ。
それに、言葉にするということはそれを伝える相手がいる。
ただ怒っているだけでは、喧嘩を生むかもしれない。でも、すごく心配したことや、楽しみにしていた分来てもらえなかったらどうしようと不安だったことも伝えたら、喧嘩とはまた違う関わりがうまれる気がする。
心の奥にある思いはスルーしようと思えば、通り過ぎてしまう小さなものだけれど、それを見つけ言葉にして伝えることは、自分を大事にしながら相手に対してちゃんと向き合おうとしている証だ。
私はたった20年ちょっとしか生きていないけれど、振り返ってみれば悩みの種はいつも人間関係で、それはちょっとした誤解からうまれることが多かった。
自分の気持ちをより正確に伝えることは、誤解をうまないように、気持ちがすれ違わないようにするためのもので、相手と上手く関わるために大切なことだった。
母は私に料理上手になるためのコツを教えてくれた。
実際に上手くなったかは分からないけど、私は料理が好きだ。
でも、母が教えてくれたコツは料理のことだけじゃなかった。母との些細なやり取りは、実は自分と向き合い、相手と向き合うコツでもあったんだ。
意識していなかった自分の感覚を改めて考えてみると、10年以上前の母とのやり取りが思い出された。
そんな母との思い出を胸に、私は今日も「調味料当てゲーム」で自分の心の味付けを探るのだ。
***
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