そうそう、買い物はこうでなくっちゃ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:廣川陽子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「どうしよう!あぁ、困った」
「ねえねえ、どうするの?決まった?」
「ううん、決まらない。あー迷っちゃう。」
生きていると、大なり小なり迷いが生じ、その都度選択を迫られる。
約1年前のあの日、私は奈良県のとあるお米屋さんにいた。
初めて降り立った街を女友達と2人でぶらりと歩いていて、そこで偶然見つけたお店だ。お店の入口の引き戸は全て開け放されていた。そのせいなのか、吸い込まれるようにして私たちはお店の中に入ったのだった。
「○○○米店」という店名の通り、地元奈良県でできたお米をはじめ、近隣で作られたあらゆる品種のお米がたくさん並んでいた。白米や玄米、粟、ひえに加え、赤米や黒米など普段はなかなか目にすることの少ないお米もずらりと整列している。それぞれの栄養素などについても説明文が用意されていた。30代半ばになって自然と身体にいいものに惹かれるようになっていた私たちは、もう興味津々だ。10代の頃、様々なお米を前に目を輝かせたことがあっただろうか。いや、ない。しかし、今はそういうお年頃なのだ。端から端まで舐めるように商品を見ていく。すると、瓶詰めのジャムを見つけた。ふーん、ジャムも売ってるんだ。マーマレードかな。
「それはね、たちばなのジャム。たちばなとてんさい糖だけで作ってるんよ」
そっと話しかけてくれたのは、70代くらいの優しい雰囲気の白髪の女性。赤と白の細かいチェックのエプロンをかけている。このお店の人だろう。
「へぇー!たちばなとてんさい糖だけで!」
出た。私たちの好きな、身体に良さそうなもの。無添加だ。
「たちばなってわかる?」
「うーん、柑橘系の果物ですよね。」
「そうそう、みかんの原種でね。こんなにちっちゃいねん。」
そう言って、人差し指と親指で丸を作り、その大きさを教えてくれた。
なるほど、ピンポン球くらいか。小さいな。
「せやけどな、種は一丁前に大きいねん。せやから、身もちょっとしかあらへん。」
そう言われて、もう一度ジャムに目を移す。
瓶の中にはオレンジ色のジャムがぎっしり入っている。細くカットされたたちばなの皮もたっぷりと入っているのがわかる。
「えー!じゃあ、このジャム作るのにめちゃくちゃ沢山のたちばな使いますね」
「そうやねん、大変なんよ。これね、私が作ったんよ。美味しいよ。」
そう言われた瞬間、そのジャムが一気に輝いて見えた。
作り手の顔が見えたり、その商品ができるまでのストーリーが少しでも垣間見えたりすると、目の前のそれは、その辺のジャムとは一線を画す特別なものになる。
さっきはオレンジ色に見えていたジャムが、今は黄金色に見える。キラキラとしていて眩しいとさえ感じる。
「えー!お母さんが!?たちばなのジャムって食べたことないし、買ってみようかな。」
「ヨーグルトに入れてもいいしね。季節のものやし、美味しいよ。」
一度回ったお店を、お母さんの話を聞きながらもう一度回ると、お店の中が宝箱のように感じた。たちばなピールや甘酒、柚子大根の漬物など、すべて無添加で手作り。
「あー、どうしよう。あれもこれも欲しい。」
「欲しいものだらけで困っちゃう」
「どうする?何買うの?もう決めた?」
「ううん、決められない」
友達と二人そう会話しながら、小さな店内を何度も何度も見て回った。楽しかった。気持ちが華やいだ。やっとの思いで、あれこれ買うものを決めてレジに向かったのは、お店を訪れて1時間後のことだった。心が満たされるような買い物だった。
お母さんの陽だまりのような暖かい笑顔と人柄に、私たちは顔も心もほころんだ。日々の生活で知らず知らずのうちに力の入りすぎていた肩はふわっと軽くなり、小さくささくれていた心は柔らかく潤った気がした。
そうそう、これこれ。こうでなくっちゃ。
家にいても買い物ができる今の世の中は、とても便利だ。もちろん私もよくお世話になっている。パソコンを前にソファに座り、あらゆるお店を見て回って欲しいものがあったらその場で注文。すぐに家に届けてくれる今の時代にとても感謝している。
しかし、私はこうやって人と会話をしながら買い物をするのが好きだ。その商品の魅力や使い方などを教えてもらう時間が大好きだ。
あの日のあのお店には、お母さんに話し掛けてもらわなかったら知らなかったこと、味わえなかった美味しいものがたくさんあった。
家に帰ってから、毎日大切にジャムを食べた。冷蔵庫からジャムを出して、瓶の蓋をポンっと開けると爽やかな香りが部屋に漂う。その度に甘酸っぱい風が吹き抜ける。そして、必ずあの日のお母さんの笑顔が思い出されるのだ。
こんなに豊かな買い物をしたのは、いつぶりだろうか。
今のご時世、何事にも気を使いながらで、どうも自由に思うようにできない。そんな中、あの日のことを恋しく思い出す。またあんなワクワクする買い物がしたい。きっとまた沢山迷うんだろうな。あぁ、沢山の宝物に囲まれて幸せな悩みに浸りたい。
お母さんに猛烈に会いたいし、あの日のジャムが美味しかったことを報告したい。
そうだ、お母さんの笑顔はたちばなのジャムみたいだ。
***
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