マラソン大会に恐怖と絶望を感じているあなたに伝えたいこと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松浦純子(ライティング・ゼミ平日コース)
「さぁ、頑張って校庭に戻ってまいりました。みなさん暖かい拍手でお迎えください」というアナウンスとともに、「がんばってー」「がんばれー」の声援とひときわ大きな拍手がグラウンドに響き渡る。最後の走者がよろよろと走ってくる姿が見える。
運動会の見せ場の1つ、持久走でのひとコマだ。
私はこの光景を見たとき、言い知れぬ恐怖と嫌悪を感じた。
「ねえ、なんで最後の人に頑張れって言うの? なんでわざと大きな拍手するの? 自分はもうゴールしている優越感? マイクを使ってわざわざ最後の人を目立たせるなんてひどい」と母に訴えた。
そのときは語彙力がなく、恐怖と嫌悪の正体が何であるか表現できなかったが、今でははっきりと言える。そうだ、あれは公開処刑だ、と。
マラソンが苦手だった私は中学、高校と公開処刑をされ続けた。
「一緒に走ろうよ」と誘ってくる人に限って途中で抜き去るのは常だった。ビリでゴールすれば先頭でゴールした選手と同じか、それ以上の拍手に「がんばれ」の声援。勉強ができない人にはそんなことされないのに、走れない人だけが何故こんな仕打ちをされるのか。もう走れないと歩けば「真面目にやれ」とビンタされた。そういうことが許された時代だった。私も負けじと「無理して走らせて私が死んだら責任取れるんだろうな?」と教師に詰め寄った。マラソン大会に出なくて済むから、早く大人になりたかった。
私の人生においてマラソン大会とは、まさに恥と裏切りと戦いの歴史だった。
ところが、である。
人生から排除されたはずのマラソン大会に、この私が参加することになったのだ。
飲み会の席で、誰かが「みんなでマラソン大会に出よう」と言い出した。もちろん私は参加する気など毛頭ないので、他人事として聞き流していたが「一緒に出ようよ」と説得しにかかってきた。
「大丈夫、少しずつ練習すれば絶対に走れるようなるから」
「わたしも走るの大嫌いだったけど、やってみたら意外に楽しかったの」
そんな手には絶対乗らないぞ、と思っていたはずが、お酒の勢いだったのだろうか、
「……ん~じゃあやってみようかな」とつい返事をしてしまったのだ。
中学・高校で暴れた黒歴史を知っている家族は、天と地がひっくり返るほど驚いていた。
「やる」と言ってしまった以上、練習をはじめた。
初日は100m走って息が上がった。駅の階段もろくに上れないのだから当然か。
2日目は150m、3日目は200mと少しずつではあったが、2週間後には1km、2ヶ月で5kmと友人の言う通り少しずつ走れる距離が増えてきた。
そして迎えてしまったマラソン大会当日。
「がんばってー」「がんばってくださーい」「がんばれ、がんばれ」
箱根駅伝かと思うくらい、沿道には大勢の市民が集まり応援の声が飛び交っていた。
普通の人はここで「元気をもらった」「勇気をもらった」となるのだろうが、マラソン大会に関しては、子供のときから筋金入りにこじらせているのだ。
そのころ仕事が忙しく、毎日終電まで残業し休日出勤もしていた。
体の疲れ以上に気持ちがこれ以上ないほどにささくれ立っていた。
これ以上私は何を頑張ればいいというのか。半分やけになって歩いていた。
そのとき、沿道にひとりでちょこんと椅子に座っているおばあさんが目に入った。
「がんばれ」って言われるのかな。私、頑張ってないしないなあ、と思っていたら
「おねえちゃん、無理すなぐでええがらな。マイペースでな」
と、うなずきながら言ったのだ。山形弁で。
予想に反した優しい言葉は私の胸に突き刺さり、涙があふれてきた。
今まででかけてもらった中で、一番嬉しい励ましの言葉だった。
人生の辛いことをいっぱい切り抜けた人だからこそ出せた言葉だと思った。
走り始めたとき100mも走れなかったけど、10km走ろうと挑戦してるじゃん。
おばあさんの一言が私の中の何かを動かした。ヨロヨロながらも走りだし、規定の時間ギリギリの1時間28分でゴールした。年代別ではビリから数えて3番目だったが、完走証をもらったときには心底嬉しかった。何よりマイクでさらされることもなく、頑張れコールもなく、先にゴールした人たちは、さっさとビールを飲んだり、焼き鳥を食べたり、自分たちのことをしてくれていたのが心地よかった。
学校のマラソン大会と市民マラソン大会は比較対象が全く異なる。
学校は生徒同士の比較なので、一等だった人は〇分で走ったと賞賛され、ビリの人間は一等の人よりどれほど遅いか比較される。これが一番辛いことだと思う。
ところが市民マラソン大会の参加者はバックグラウンドも多様であり、最初から同じ土俵に上がらなくてよく、比較するのは過去の自分なので落ち込むこともない。
学校のマラソン大会も、最初に走った時の記録をベースに、そこからどれだけ記録が伸びたかにすれば、速い子はもっと上を目指せばいいし、遅い子は最初に比べてどれだけ走れるようになったかを見れば、私みたいな子が減るのにと心から思う。
私には子どもはいないけど、マラソン大会に恐怖と絶望を感じている子に伝えたい。
今日一緒に50mだけ走ろう。明日は100m一緒に挑戦しよう。100mが辛ければ75mでもいい。今はスマホがあるから、遠く離れたところにいても一緒に走れるよ。そうやって少しずつ距離を伸ばしていけば、必ず走れるようになるから。
少し走れるようになったら、市民マラソンの1㎞か3㎞コースにチャレンジしてみようか。比べるのは一等をとった知らない人じゃなくて、練習を始めたときの自分だよ。それにみんな自分のことで忙しくて、注目もされないから気楽に走れるよ。
マラソン大会で「一緒に走ろう」と言ってくる人は裏切るから、最初から約束しないほうがいいよ。もしかしたら当日、あなたの方がいいコンディションかもしれないし、自分のペースで走ったほうが気持ちいいからね。
それと教師に反抗するのは、年を取ってから笑いのネタにはなるけど、圧倒的に損することの方が多いから、お勧めはできないかな。
応援の言葉は「がんばれ」ではなく「無理すなぐでええがらな。マイペースでな」かな。本物の山形弁ではないけど許してね。
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