選ばれない女関東代表
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記事:武田依子(ライティング・ゼミ平日コース)
かつて私は、選ばれない女関東代表であった。
もちろん、選ばれない女のコンテストなんてものはないし、関東代表というのも勝手に名乗っているだけなのだが、
もし、選ばれない女コンテストが開催されたら、
関東代表くらいにはなれるんじゃないかと思っていた時期があったからである。
小学生の時の係決めで、なりたい係になったことがない。
学芸会で、なりたい役に選ばれたことがない。
二人組を組んでと言われると、いつも一人あぶれる。
恋愛では付き合っていたはずの人が、いつのまにか後輩の女性と結婚することになっていた。
就活の時には、パートだろうがなんだろうが、大抵序盤の30社以上は落とされる。
私にとって就活の度に30社くらい採用面接に臨むのは、もはやウォーミングアップに過ぎなかった。
そんな私が何かを手にできているとしたら、それは人一倍行動した結果だ。
誰よりも低い成功確率を持つ星の元に産まれた女は、誰よりも行動することによって、何かを引き当てることができる精度を高めていった。
当時の私は、疲れ傷つく心を分厚く固い鎧で覆い隠し、まるでトライ&エラー・マシーンであるかのように、がむしゃらに行動していた。そしてなんとか仕事にありつき、やはりがむしゃらに働いた。
私は、一度なんとか選ばれた後も、選ばれ続けたかった。
選ばれ続けた先には、確固たる実績と自信ができると思っていた。
そこには安心と満足がある気がして、必死に手を伸ばし続けていた。
そんな毎日を送っていたある時のこと。
働いていた仕事のボスにあたる女性が、二人きりになった時、急に声をかけてきたのだ。
「あなたは変に強い」
そう言われて、私は動きが止まった。
「変に」がついている事で、この言葉が誉め言葉ではない事は明白だ。
しかし、決して非難して言ってきたわけでもない様子も伝わってくる。
彼女の様子に、ねぎらうような感じが含まれているのを私は感じ取っていた。
彼女は続けてこう言った。
「もっと楽にしていて、いいんじゃないかな」
私はそのまま、言葉なく立ち尽くした。
ボスは、いつも楽しげにリラックスした様子で仕事をしていた。周囲からの人望も厚く、彼女の周りにはいつも人が集まっていた。穏やかで冗談が得意で、彼女を嫌う人には会ったことがなかった。
その彼女から、変に強いと言われた途端に、私はとても自分が恥ずかしくなった。
薄々、何かが違うということは分かっていた。
変な強さの内側に仕舞い込んで見せないようにしてきた、選ばれない者の持つ惨めな気持ちや、何かがズレている分かってなさ加減。そんなものを見透かされたような強烈な恥ずかしさ。
私は、ただ固まって、そこに立ち続けることしか出来なかった。
それからボスは、私を誘ってくれるようになった。誘ってくれるといっても、大抵は彼女の家に出かけて行って、近所を散歩したり、買い物したり、一緒に餃子を作ったり。生活に密着したそんな事をするだけだったのだが。
しかし、その時間には不思議な安らぎがあった。
そして、一緒にいて気づいたことがあった。
彼女は人と話す時、どんなに自分と意見が違っても、決して否定することがなかった。
第一声は大抵「へえ! そうなんだ」「うんうん、そうなんだね」
意見や考えが違う時、彼女は自分を曲げて迎合する事はなかったが、まずは「そうなんだね」と相手の言う事を一旦引き取る事で、相手に「受け入れてもらっている」感覚を与えた。
同意でなかったとしても、否定でもない。「そうなんだ」は、そんな魔法の言葉だった。
また、彼女には常に相手を尊重する態度があった。
そして、相手と同じくらい、必ず自分も尊重する。
何かを決める時、相手を犠牲にしたりしないし、自分も犠牲になったりしない。
いつも絶妙な匙加減で、状況を回していく。
そんな彼女と一緒に過ごす時間の中で、私はようやく重要なことを理解できたのだ。
私ができていなかったこと、それは仕事の実力がどうとか、周囲への気配りがどうとか、そんなことではなかった。
(それがすごく出来ていた訳でもなかったけど)
私ができていなかったのは「自分を尊重し、認める」事だったのだ。
私はずっと、自分が「足りない、ダメな」人間だと思っていた。だから、苦しくても嫌でも我慢して、周りに自分を合わせていかないといけないと思っていた。都合が悪かったり気が進まなかったりすることでも、YESと言うことしか出来なかった。
しかし、それではどんなに頑張っても、楽しくもなければ幸せでもなかった。無理をする事でミスをするなど、ほころびが生じることもあった。
それに、自分を尊重できない人間は、本当の意味で他人を心から尊重することはできない。
こんな私と仕事をしていても、周りも気持ちよくはないだろう。
頑張っていた分は認められても、そのうちに、だんだん選ばれにくくなっていく。
そう、「選ばれない女関東代表」は、「自分を尊重しない女関東代表」だったのだ。
選ばれない根本の原因は、私が私自身を粗末に扱っていたからだ。
選ばれないことと、自分を尊重してないこと、この関連性を理解したのは、ボスを真似るようになってからだ。
まずは自分の小さな気持ちも抑え込まないで聞いてあげるようにした。
こうしたいな、と思うことの中で、叶えられる範囲のことは、自分のために叶えてあげた。
「選ばれるかどうか」という他人軸をなるべく外して、「楽しいかどうか」という自分軸を意識するようにした。
他人と同じように自分も犠牲にしない在り方を、考えるようにした。
そんな事を出来る限りコツコツとしていった。
すると不思議なことが起こった。
仕事が順調に回り始め、仲間ができた。
それは自分を尊重していたわった分だけ、広がっていく。
私をとりまく状況はどんどん改善していったのだ。
あれから何年も経ったのに、いまだに時々、選ばれない女関東代表時代の夢を見る。
夢の中で私は、あの時と同じように必死でがむしゃらだ。
試験とは無縁になった大人になってからも、学生の頃の試験の夢を見るという話をよく聞くが、それに似た感覚なのかもしれない。
目が覚めて、ほろ苦い気持ちが胸に広がる。そしてその後に、ボスとの温かい思い出を思い出す。
***
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