短編小説『まくらS U N』
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:いのまたかなこ(ライティング・ゼミ平日コース)
※フィクションです。
私、葉月凛は百貨店の化粧品売り場で美容部員をしている。色々なお客様が来店されるが、社員もさまざまだ。
例えば、同期の山手麻友はひどい遅刻魔。
社会人としてあり得ない。次こそクビにならないかといつも心配になる。
しかし麻友は愛嬌があり、頭の回転が早く、お客様の顔は一度見ただけで忘れない。だからその点に於いて重宝されている。品行方正で実直な凛にとって麻友は魅力的に見えたし、職場で一番仲が良かった。
梅雨入りが発表された日。仕事を終えた凛がロッカーへ行くと、またしても麻友は先輩に怒られていた。
「やっと遅刻しなくなったと思ったら何なのよ、その汚い肌は! 私達はお客様のお手本よ? そんな肌で接客してもお客様が離れて行くわ! もう明日は休みなさい、しっかりコンディションを整えてくること!」
そう。どういうわけか麻友の遅刻が2週間ほど前からピタリとなくなった。
しかしその頃からだ。24歳という年齢に似合わず、急激にシミやしわ、吹き出物が増えていた。もはや化粧でも隠し切れないほどに。
先輩の気持ちもわからなくはない。
もしかして麻友は遅刻しないように無理をした生活をしているのではないか。
先輩がいなくなると、見兼ねて私は聞く。
「麻友、体へいき? 大丈夫なの?」
すると、思いがけず麻友は明るく答える。
「ありがとう凛。大丈夫。原因の検討はついているわ。あ、そうだ! ねえ凛、その事も話したいし今日うちに来ない? 泊まっていってよ」
「いいの!? うん、行く行く〜!」
明日のシフトがオフだったので私は即答した。
時間にだらしない麻友の部屋は、意外にもきれいに片付けられていた。
しかし、着替えに行った麻友を追って寝室に視線を移すと、私は驚いた。
女性のひとり暮らしにはおよそ不釣り合いな黒い塊。それも3つだ。ベッドの脇に鎮座していた。それぞれ縦横40cmくらいの四角い機械だ。どれも黒いコードが伸び、大きめの枕へと繋がっていた。
「麻友、それ何…?」
「右から水素生産機、自動核融合機、蓄電器よ。今日呼んだのもこれと関係しているわ」
「え? ちょっと待って、何??」
部屋着になった麻友は質問に答えず、私にも着替えを渡す。
「まあまあ、とりあえずくつろいでよ。それでね、凛。いきなりなんだけど、日光浴がどれほど体に良いか、知ってる?」
いきなり何だと思ったが〇〇って知ってる? という時の麻友はいつも決まって面白い話をした。だから私は
「ううん……?」
と首を振り、さっさと着替えて話の続きを期待する。
「日光浴にはね、体内時計を24時間に調整する作用があるの。特に朝、起きてからの30分。正しく日光を浴びると自然と起きられる体になるのよ」
「へえー!」
「さらに催眠作用のあるメラトニンが夜間に増えるわ。だから自然な眠りにつくにも大事なのよ? ああっ、じめっとする」
麻友はエアコンのスイッチをオンにした。涼しい風が疲れた体に気持ちいい。湿気で重たかった空気が軽くなる。
「逆に日光を浴びない日が増えるとどうなると思う? ビタミンDが不足しカルシウムが減ってね、骨の成長に支障が出てくるの。まだあるわ! セロトニンの分泌量も減る。そうすると慢性的なストレスを感じて疲労や怒りっぽくなる。ね? 怖いでしょう?」
「ふぅん」
話が少し難しかったが体に良いことはなんとなくわかった。しかしそれが何だと言うのだ。
「それでね、私が遅刻しちゃうのって、十分に日光を浴びてないせいだと気づいたの」
「ああ、なるほどね。麻友ってば、日光浴のおかげで遅刻が減ったのね?」
「そうよ。本当は自然と朝日を浴びるために、少しカーテンを開けて寝るのが良いみたい。でも、そんなの何だか怖いじゃない?」
「うわ、私も無理。でも、待って? こんなに雨が続くと日光浴なんて出来なくない?」
「さすが凛ね」
「まあね」
「だからねっ、ジャジャ〜ン!!! 『まくらSUN(さん)』を作っちゃいましたぁ〜!!」
黒い機械と長いコードに繋がれた枕を、麻友は自慢げに抱き上げた。フフンっと鼻息も荒い。
「は? まくらさん? 作った? え、どういう事?」
「まくらさんじゃなくて、まくらSUNッ! 枕につけた時計をセットするとね、太陽と同じ光を発するの。嫌でも目が覚めるわ」
「へえ……?????」
「もー、大変だったンだから! 簡単に説明すると、こういうわけなのよ」
枕をベッドに置くと、私のそばに座った。ノートを開く。英語や数字、図が書かれていて日本語のほうが少なく見える。なんじゃこりゃ。
「まず、太陽の中では水素の原子核による核融合反応、これは原子同士が超高速でぶつかることよ、その反応によって新たな核が生まれるんだけどね」
太陽の断面図から線が引いてあり、D+T→4He+n(14MeV)と書かれている部分を麻友は鉛筆でグルグルなぞる。もちろん私には意味不明だ。
「それでね、この核融合反応で出る熱が私達の知っている日光なの。水素原子はデューテリウム(D)とトリチウム(T)よ。これは自然界から採れるの。まあ水道水でも良いけど、私は雨水を使ったわ。だってタダのほうがいいじゃない?」
そういえば、麻友はとても優秀な大学を出ていたのを思い出す。しかも麻友のご両親は2人とも著名な学者だと耳にしたことがあった。
私は生唾をゴクリと飲み込む。
「まあ……ね、タダはいいよね」
麻友は、でしょっ?! と嬉しそうに笑ってノートを放り投げ、立ち上がった。そして今度は黒い機械をいじりながら
「こっちの機械では溜めた雨水から水素を作って、こっちの機械で原子をぶつけ合う。日光が作られたらコードを伝って、まくらSUNの中に入る仕組みよ。すると、日光浴ができる枕の完成〜!! 凄いでしょ?!」
「え! ヤバッ……」
「しかも出来た日光を使って発電もできるように工夫したの。だから蓄電器もあるってわけ! このまくらSUNのおかげで遅刻をしなくなったし、電気代は浮くし、もう良いことづくめ! 私ってば天才〜!!」
私は呆気にとられて、彼女のよく動く口を見ている。まだ頭がついていかない。それをどう勘違いしたのか、麻友は恥ずかしそうに言う。
「あーん、凛てば鋭い! 気づいちゃった?? そうなの。スッキリ起きられるし、精神的も安定しているのは良いんだけど。これよねー?! シミ、しわ、吹き出物! 先輩に怒られた時に、あっ!紫外線だ!って気づいたの!」
シミやしわを嘆くわけでもなく、理由が分かってサッパリした表情だ。
「ほんと、紫外線のことなんてすっかり忘れていたわ。美容部員失格って思われても仕方ないわよね〜」
麻友はほうっ、とため息をつくと、
「でも大丈夫、今度は紫外線を100%遮断するまくらカバーを作るわ!」
またしてもフンフンと鼻息荒くして決意を固める麻友に、
「いや、そこ?!」
と私はようやくツッコミを入れた。
やっぱりこの子、面白いけど放っておけない。
この発明を一人でやり遂げたのか? いつから? 恐ろしく短期間ではないか。イグノーベル賞確実だ。しかし麻由は、趣味の手編みのセーターができた時と同じ位置付けなのだ。
ここで終わらせてはいけない。世界に知らしめるべきだ。
自覚のない天賦の才を。
「凛も今日これで寝てみる?」
麻友は相変わらす無邪気だ。
「うん、でも日焼け止めをつけてからね」
と私は笑う。
さあ、これから忙しくなりそうだ。
***
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