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些細な事故がきっかけで、わたしはウツの世界のとびらを開けた


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記事:藤岡恵子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
ぐにゃり。
 
自転車の前輪がいとも簡単にまがり、突然のことにわたしの思考は停止してしまった。
 
 
 
今から15年ほど前のこと。
わたしは会社への出勤に自転車を利用していた。
 
一方通行の道路の小さな交差点に近づいたとき車が見えたので、わたしは自転車にまたがったまま道路の手前で停まって待っていた。
 
運転手は、わたしが停まっているのとは反対側から車が来ないことを確認すると、わたしがいる方向を確認しないまま車を発進させた。
確認していないから、当然わたしのことに気づいていない。
だから、ぎりぎりの角度で曲がってきたため、車の胴体でわたしの自転車の前輪をひっかけたのだ。
 
幸い、倒れたりしてケガをすることはなかった。
ところが運転手は、車から降りようともしなかったのだ。
しかし運悪く(わたしには運がよかったのだけれど)近くで人が見ていたので、しぶしぶ車から降り、「急いでいるから」と言って名刺だけをわたしに渡して再び車に乗って行ってしまった。
 
運転手には誠意のかけらもなく、のらりくらりとした対応が2週間以上も続いた。
 
その結果、わたしの心とからだが耐えられなくなった。
 
頭痛とまではいかないけれど常に頭を手で押さえつけられているような感じで、物事に対する集中力がなくなり、また仕事中に限らず日常生活のちょっとしたことで「わたしさえ居なければ……」と自己嫌悪に陥り、涙がでてくるようになってしまったのだ。
そのたびにハンドタオルで顔を強くおおって、他の人に気づかれないように涙を必死におさえていた。
 
 
あのころのことは頭に白いモヤがかかっていて、あまりよく思い出せない。
でも、少しずつ心と頭のコントロールがきかなくなっていった感覚は覚えている。
 
今思えば、あの些細な事故をきっかけに、わたしはウツの世界のとびらを開けたのだと思う。
 
 
当時はまだ心療内科やメンタルクリニックなんて全然なくて、精神科とか神経科とか、通うのをためらうような病院しかなかった。
でもすでに会社の同僚とコミュニケーションをとることが難しくなっていたわたしには、病院で治療を受けるという選択肢しかなかったのだ。
「軽度のうつ状態」と診断され定期的に通う必要があったが、会社での理解はあまりなかったから、肩身の狭い思いをしながら仕事を早退して神経科に通っていた。
 
「わたしはウツなんだ」ということが、とにかく後ろめたかった。
腫れ物にでも触るような態度を取られるんじゃないかと思って、こわくて誰にも話せなかった。
だからこのころは、仲が良かったはずの友だちとも自然と疎遠になってしまい、とても孤独だった。
 
あの些細な事故をきっかけに頭にかかった白いモヤが完全に晴れるまでに、約3年かかった。
でも、晴れ間には期間があった。
数年後、今度は会社内の人間関係のストレスが原因でふたたびモヤがかかったのだ。
このころには心療内科やメンタルクリニックもあちこちにできていて、通いやすい場所で心療内科を見つけることができた。
 
2度目になったときは、本当に信頼のできる友だちにだけ初めて打ち明けた。
とても勇気がいったけど、みんな気遣ってくれて、心がふっと軽くなった。
言ってよかったと思った。
 
2度目は1年半ほどの通院で終わった。
 
 
しかし、会社の同僚が急に1人辞めたことで仕事の量が激増し、またモヤがかかった。
今も心療内科に通っていて、すでに2年半が経過しようとしている。
通院が2週間に1回から1か月に1回に減ったけれど、まだクスリの量は減っていない。
 
今ではどんなつき合いの友だちにも、「わたし、心療内科に通ってるんだ」と先に言うようにしている。
すると、「わたしもクスリ飲んでるよ」と返事が返ってくることが意外と多くて驚いた。
そう話してくれる彼女たちは、とても優しい。
今はもう、全然孤独じゃない。
 
ウツの世界は、とびらを開けて一度なかへ入ってしまうと、出口へのとびらがなかなか見つからない。
遠くのほうにやっと出口のとびらが少し見えてきたと思っても、ふとしたことでまた見えなくなってしまうのだ。
見えなくなるどころか、よけいにモヤが濃くなってしまうこともある。
 
 
最近、気づいたことがある。
これは一生つき合っていかなければいけないのかも、と。
 
でもネガティブに捉えることはやめた。
わたしは、仕事でも趣味でもなんでもとにかくがんばり過ぎて、「なんでわたしばっかり……」となって白いモヤが見え始める傾向がある。
だから、ちょっとモヤっとしたものを感じたら、少し手を抜くサインだと考え方を変えたのだ。
 
 
もし、わたしと同じような症状で悩んでいる人がいたら、決してひとりで抱え込まずに、まずは信頼できる誰かひとりでいいから話してほしい。
周りに話せる人がいなければ、カウンセラーに頼ってもいい。
自分に味方がひとりいるだけで、見える世界がまったく変わってくるから。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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